色々やってみる日記

粘土フィギュアの製作ログ、うつや不安症の話、論文執筆やResearch Studentのあれこれについて。

20年遅れでジョジョを履修した記念に、セックスピストルズNo.5のフィギュアを作った(石粉粘土ニューファンド)

 

20年の歳月を経て、ジョジョを履修した。

 

1990年代に小学生だったわい。数年間、毎週欠かさずジャンプとサンデーを買っていた。姉がジャンプ担当でわいがサンデー担当だ。ちなみにサンデーは今でも捨てられずに持っている。丸20年抱えているが、価値は出ていないと思う。

 

ジャンプ・サンデーともに、連載作はほぼ全て読んでいた。そう、『ジョジョの奇妙な冒険』を除いて。

 

ジャンプを買い始めた当初に連載していたのは、4部の『ダイアモンドは砕けない』だった。

 

5部の『黄金の風』は連載開始から連載終了まで読み飛ばした。

 

6部の『ストーン・オーシャン』が始まったとき、(せっかく新連載が始まったんだから、今度こそジョジョを読んでみよう!)と強く決意し、グェスが出てくるあたりまでは読んだものの、「ジャンルが何なのかわからねぇ」という理由でリタイアしてしまった。

 

 

でも、大人になったので、もうジョジョが読めるのであるッ!!それだけの忍耐力と理解力を俺は手に入れたッ!!

 

 

姉がコミックスを全巻所持していて、Dアニメストアのサブスクでアニメ見放題という環境が、俺をジョジョの再履修に駆り立てたッッ!!

 

個人的に、一番好きなのが6部の『ストーンオーシャン』で、理由はスケールがデカイからッ!次が7部の『スティール・ボール・ラン』で、理由はエモいからッ!

 

お話同士にはリンクはあるが(3部の登場人物が4部にも出てきたり)、それぞれ独立して読めるので、何部から始めても大丈夫。

 

個人的には、未履修の人は4部『ダイアモンドは砕けない』から入ってはどうかしらんと思う。4部は、こち亀のような「あるひとつの街を舞台にした日常漫画」の要素と、「そんな平凡な街で巻き起こるスタンド使いとの死闘」というスリリングな要素が、絶妙な塩梅でミックスされていて面白い。

 

わいのようなジョジョ挫折経験者には、カラー版がおすすめッ。

 

 

 

ニューファンドでジョジョの粘土をこねてみた。

使用するのは、1. 比較的安価(600円〜くらい)。 2. 乾くとフィギュア原型としての耐久性がちゃんと出る。 3. 体への害がほぼないし*1、匂いもしない。で、おなじみの石粉粘土ニューファンドさん。

 


高級石粉粘土 ニューファンド[クレイクラフト/粘土/ねんど/石粉粘土]

 

ちなみにわいは粘土触り始めて1年未満の初心者ッ!日本には(そして多分世界にも)趣味でやっているにも関わらず、クオリティがカンストしている原型師さんが多数存在しており、ツイッターはすごいことになっているッ!わいは初心者として楽しんでいるという点を念頭に置いていただきたく存ずるッ。

 

昔の記事に書いたが、ニューファンドはわいにとっては(インダストリアルクレイ、ポリマークレイ と比較して)扱いづらい粘土だった。スカルピーだったらもっと上手に造形できるんだろ??と正直思っていた。しかし、twitterにはニューファンドを使ってすんばらしい原型製作をしている御仁たちが大勢いらした。

 

ジョジョ造形の9Livesさんや

 

i-conさん

 

だからあれだ、ファンドじゃできないっつうのはわいの甘えだった(恥)。

なので、もうちょっとファンドを使っていこうと思っている。

 

 

5部『黄金の風』に出てくるミスタのスタンド、セックスピストルズNo.5

知らない人に説明すると、ミスタのスタンドは6発の弾丸なんだが、この子たちは全員性格も違えば、お昼ご飯も食べるのである。

 

アニメで、ミスタに氷を当てて助けようとするNo.5 健気ダッタネ。

 

こんな出来上がりになった。

 

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みなまで言うな。俺はJK時代からプリクラの落書き等はすべて他人に任せてきた人間なのだ。 

 

作った時は満足していたが、今見るとなんだこれという感じである。こういう小さなキャラものほど、丁寧に作ることが大事だったのかなって感じ。もっと綺麗に紙やすりしたり、着色したり(記事下のi-conさんのゲンガー製作記、丁寧)。

 

体の分節部分の黒い線が妙にスカスカなのは、マジックの先が溝に入りきらなかったから。筆とアクリルカラーを入手した今なら、もう少しちゃんと手直しができるかもしれん。

 

 

 

作り方
  1. 頭、胸、手、お腹、足のパーツを作ります。
  2. 柔らかいうちに、おでんみたいに爪楊枝にぶっ刺していきます。ぐにっと型崩れしやすいので注意。手と足は硬化後に接着剤でくっつけます。
  3. 中学校から15年ほど封印されていたゾンビアクリル絵の具で着色します。目はマジックで描きます。

 

終わり。

 

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一応弾丸のスタンドも用意したけど、軽すぎて安定しなかったので、メラミンスポンジ「げきおちくんに」固定されることとなった。

 

ニューファンドはオーブントースターに入れるんじゃあねぇ!

ニューファンドは、乾燥するとカチカチに硬くなる。小さいパーツなら1時間もあれば硬くなるし、大きいパーツなら1日経っても内部はウェッティだったりする。

 

ピストルズを作っている時に、早く組み立てたかったわいは、小さなパーツたちをアルミホイルに乗せてほんの30秒〜1分ほどオーブントースターで焼いてみた。結果、小さなパーツはぷくっと膨らんで破裂してしまった。

 

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やり方によっては大丈夫なのかもしれないが、わいは二度としないしオススメしない。

 

でも、i-conさんはトースターを活用していらっしゃるようなので、わいの作り方の問題か……(もう一回試す勇気がないよぉ)。

 

  

【次回、ナルシソ・アナスイ作ってみた編に続く】

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*1:スカルピーは焼くときに換気等注意が必要、というのが通説っぽい。ニューファンドも、硬化後に紙やすりをかける際の粉塵には注意したい。マスクしようぜ。

もうお笑い芸人を信じられない。

ご無沙汰しております。最近は6年半ぶりに所有できたスマホで、もっぱらジョジョのピタパタポップをして過ごしています。

 

コロナ対策はできる限りのことを家族総出で行っていて、私は通常運転で引きこもっています。決まっていた月5万円の在宅アルバイトは保留になってしまいました。

  

コロナウイルスそのものと信頼できない政治的対応に *1 恐怖と危機感はあるんですが、あくまで内側の世界としては、この6年半がメンタルヘルス的に地獄すぎて、実家に戻ってからの生活はこの世の天国・楽園かというほど穏やかで楽しい日々です。7年ぶりに家族に祝ってもらった誕生日はとても最高でした。

 

 

 

こっからが本題。

今日はブログリハビリがてら、小さな日常の話を。

 

もしかしたら過去にも書いたかもしれませんが、私はラジオが大好きで、夜寝るときは必ずラジオをつけっぱなしにして寝ています。昨日はノブコブの徳井さんとゲスト東野さんのネットラジオを聞きながら寝ていたんですが、

 

東野さんがぽろっと「さんまさんも一時期寝ないキャラでやってたもんなぁ」と言ったのです。

 

え…… 明石家さんまが超ショートスリーパーで寝ないという逸話は、キャラだったのですか……?ナイーブな私は、明石家さんまは本当に寝ないんだと信じておりましたよ……?

 

そこで思い至りました。あれ、私これに類似の経験をすでにしてるぞ。

 

中学生の頃、Baseよしもとという大阪の若手芸人の劇場が大人気で、その当時、チュートリアルの福田くんはいつも顔からギットギトの汗を滴らせていて、「お前テカテカやんけ!どんなけ油でるねん!」とツッこまれていました。

 

そういや最近福ちゃん油出てないなぁと思っていた10数年後、多分『八方・陣内・方正の黄金列伝』で、徳井さんが「あの頃はキャラ付けで福田の顔に油を塗っていた」と発言。そう、福ちゃんの顔テカテカは天然の特性ではなく、作られた油テカテカキャラだったのです。

 

もうお笑い芸人は信じません。プラスマイナスの岩橋さんのクセはおそらくキャラクセです。ななまがりの森下さんの脳内の小さい森下も、おそらくキャラ付けです。天然のリトル森下ではなく、試行錯誤の末に生み出されたリトル森下です。

 

疑ってしまってすみません。

 

純粋だった私は、もう消えてしまったのです。

 

(ではまた近いうちに)

 

 

 

*1:海外の対応 ー NYのクオモ知事やNZのアーダーン首相、民主党下院議員のケイティ・ポーターの動画を見ていると、こういう政治家がどうやったら日本でも醸成しうるんだろう、と考えずにはおれない。現内閣がおかしいだけで、日本にも立派な職業人としての政治家がいるんだろうか?

海外から6年半ぶりに帰国して、最初の3週間でやったこと(前編:役所手続き)

ブログをご無沙汰しております。日本に帰ってきてから早3週間が過ぎました。基本的には実家で母上の家事のお手伝いなどをしつつ、ワイドショーなんか見つつ、済ませておかなきゃいけない役所手続きやらスマホの契約やらをゆっくり進めていました。

 

私が6年半住んでいた某サムウェアー県では、今日コロナウイルスに関連して「海外への渡航禁止」が発令されたりなどして(※ まぁ、渡航禁止は自国に戻れなくなる可能性があるからで、出て行こうとしていた私には関係ないっちゃないんですが)、コロナ関連で出入国がややこしくなる本当にギリギリのタイミングで日本に戻ってこれたんだなぁと思います。

 

今日はとりあえず覚書までに、日本に帰ってきてから最初の3週間でやったことをまとめておこうと思います。あくまで法律のプロでもなんでもない一市民が実際にやったことですので、誤り等あっても許してチョーダイッ(ブコメをいただければ訂正はしますので)。

 

 

 

 

住民票

お昼の便で帰国して、その足で市役所へ。私は海外転出届というものを提出して、住民票を抜いた状態で日本を旅立ったので、まずは住民票を戻さないといけません。

 

この届け出は帰国してから14日以内にしなきゃいけないらしく、タイムセンシティブでございました。※ 住民票は残したまま海外に出ることも可能だけど、それだと国民年金と国民保険に強制加入のままで支払いの義務が生じてしまうので、私は抜いていきました。

 

母と姉が「長期の海外滞在から住民票を戻す手続き」に何が必要が調べてくれていたおかげでとてもスムーズでした。以下の必要なものを持ってぷい〜っと市役所に出かけていくだけ。手続き自体は10分くらいで終了。

 

必要なもの
  1. 戸籍謄本と戸籍の附票の写し
  2. 本人証明になるもの(パスポートを持っていくので、それでOK)
  3. 帰国時に入国スタンプを押してもらったパスポート(私の場合は、自動のゲートで入国審査をした後に「スタンプが欲しい方はこちら」というブースがあって、そこでスタンプをもらいました)。
  4.  認め印
  5. マイナンバーカード(も必要なようですが、私は交付前に日本を出たので必要なし)

 

多分ですが、「戸籍謄本」と「戸籍の附票」は原則が本籍地での発行になると思いますので、ご注意を (2020年3月18日現在)。 

私は本籍地がO阪なんですが、母曰く、「以前は本籍地の区役所でしか発行してもらえなかったのが、O阪は市役所で発行してもらえるようになってて便利だった」とのこと。他の市町村もそうなんでしょうか?

以下のサイトがよくまとまってて便利そうだったのでご参考にどうぞ。

【参照】https://www.chintai.net/news/2018/09/13/43313/

 

とにかく、分からないことはすぐに市役所で聞いちゃうことをおすすめいたしますぞ。わいもコミュ症で不安障害ですが、もだもだしていると母上にお尻をソバットされちゃうのですぐ電話するようにしています。

 

 

国民保険

住民票を戻したその足で、お隣の国民保険課と国民年金課に行って話を聞いてきました。国民保険は、私が学生(正確には現在無職?)で年間収入が130万円未満なので、親の社会保険に復帰する形になりました。 詳しくは下の説明をどうぞ。

 

【参照】http://kempo.recruit.co.jp/member/outline/family_a.html

 

 

 

国民年金

再び年金に強制加入することになりました。悲しきかな強制加入。年金課にぷい〜と行って「住民票戻してきたんですけど、年金どうなりますかね?」と質問すると、

 

なるほど、おかえりちゃん。こっちで年金に復帰するように手続きしておきますわ。郵送で『こんなけ支払ってね』という通知が行くので、その通知の指示にしたがってくださいね。

とのこと(要約)。

 

時を同じくして、国民年金の姉が「年金の銀行口座振替」と「2年前納」というやつをやっておりまして。前者は年金をコンビニや銀行で払い込む代わりに口座引き落としに変える手続きで、後者は2年分の年金をまとめて払うことで、15,000円程度の割引が受けられる制度(他にも1年前納と6ヶ月前納がある)。

 

【参照:銀行振替】https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2019/201901/2019012201.html

 

【参照:2年前納】https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/hokenryo/20150313-03.html 

 

銀行振替

銀行振替の申し込み用紙は、例の「あなた年金制度に復帰されましたよ」通知のなかに封入されていました。ただ、我が家はボス(母上)がしっかり者のせっかちさんなので「通知を待つな、銀行に行って先もって手続きをしておしまい!」とのオーダーが‥‥。というわけで、通知が届く前に銀行にて申し込み用紙を提出してきました。必要書類は銀行にも置いてありました。手続きは銀行窓口にて即終了。

 

【この書類】https://www.nenkin.go.jp/shinsei/kokunen.files/654-1kouza.pdf

 

口座引き落としはいつから始まる?

銀行振替の手続きをした4日後に、例の「こんなけ年金支払ってね」の通知書が届き、それに2月分と3月分の払い込み用紙が同封されていました。

 

はて?銀行振替に切り替える手続きはもう済んでいるわけだけれども、それはいつから有効になるんだろう?この2月分+3月分の年金は、引き落としじゃなくて払い込まないといけないんだろうか?

 

お母様が「とっととお電話して聞け」とお尻をしばくので、市役所の年金課に電話して伺ったところ、

 

あー、その手続きは時間がかかりますねん。おそらく2ヶ月くらいはかかりますねん。いや、年金事務所がやることなんで市役所は分からないんですけどね。だから、2月〜3月の引き落としは間に合わんと思いますよ。えぇ、用紙を使って払い込んでください。口座引き落としが始まるタイミングで、必ず年金事務所からまた通知書が届くんで。それまでは払い込みっす!もしタイミングが重なっちゃって二重払いになっちゃったら、そのときはかならずお金帰ってくるんで。

とのこと(要約)。

 

2年前納は2月末までに手続き

2年前納がしたい人は、手続きを2月末までに済ませておかないといけません。というわけで、わいは2年前納には間に合いませんでした。

 

銀行振替の用紙に「振替方法」をマークする欄があって、わいは一番直近で始められる6ヶ月前納を選びました。千円強だけお得になります。6ヶ月前納は「2月末か8月末までに申し込み」が必要で、今は3月ですので一応「8月末まで」に該当するようでしゅ。ただ、6ヶ月前納がスタートするのは10月分からなので、それまでは普通に1ヶ月ずつの引き落としになります。

 

【参照】https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/hokenryo/20150313-04.html

 

 

マイナンバーの申請

住民票を戻した一番最初の窓口で、ついでにマイナンバーの申請。カードじゃなくて、ナンバー自体を発行する手続き。住民票を戻すために持ってきた資料のなかに必要なものが全てあったから何が必要だったか覚えてない。

 

申請から二週間経った本日、ナンバーの通知カードが簡易書留で送られてきました。

 

 

おわり

だいたいこんなもんかなぁ。他にもこまごましたのだと年金関連のチェックがオンラインでできる「ねんきんネット」に登録したり、JALのマイレージバンクカードを作ったりしました(今回、帰国に使ったエアラインがワンワールドアライアンスだったので)。

 

いろいろと本当にやらなきゃいけないことはペンディングにしながら、(そしてそのことが時折脳裏をかすめて、こみあげる不安感とは引き続きお付き合いをしながら、)つかの間の実家での平穏な日々を満喫しております。実家最高。ご飯が美味しいし、毎日人と話せるの嬉しいです。

 

ブログもぼちぼち再開していこうと思います。

 

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これはうちのお団地の庭に咲いていた見事なオトメツバキ。かわいいですね。

 

 

BOOK OFFで中古のBL小説(他)を売ってきた【買取金額を公開】

家の近所のBOOK OFFで、中古のBL小説(他)を売ってきた。最初は(今ちょうどお得らしい)NET OFFにしようかと思ったんだけど、面倒くさくなっちゃったし、たった12冊だし、ということで徒歩でえっちらおっちら。

 

BOOK OFFでの本の買取金額っていくらくらいなん?と思っていらっしゃる方の参考になれば幸い。

 

今回売る本のラインナップ
  • BOOK OFFで100円〜350円で買ったBL小説が9冊。
  • おそらく新刊で買ったBL漫画が1冊。
  • 文芸誌のすばるが1冊。
  • 帰国後、部屋の掃除をしていてみつけた、小学校のときに配られた聖書が1冊。

 

中古本が多いのは、新刊で買ったものは手元に置いているため。

 

 

 

こちらがレシートになります

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総額195円になりました。

 

一番高く売れた『こっち向いて〜』は漫画。BL小説は5円から40円のあいだ。すばるは5円で、聖書も20円でちゃんと売れました。

 

ちなみに売り方

 

カウンターで「買取お願いします」と言うと、整理券みたいなものを渡されます。カウンターで見積もりが終わると、店内アナウンスで呼び出しがあります。買取金額を教えてもらい、合意できたら買取へ。

 

運転免許等、身分証明が必要なのでお忘れなく!

 

個人的にはとても満足。部屋もスキッとしたし、売ったお金で110円のBL小説を1冊購入して帰りました。めでたしめでたし。

 

 

Farewell for now.

 

昨日汗だくになって部屋をできるだけ綺麗に掃除。お皿さんは明日学校で早朝に家を出るとのことで、夜のうちにお別れ。最後の最後で仲良くなれて本当によかった。

 

「明日は何時に出るの?」

「12時くらいかな」

「私仕事で8時くらいに家を出るんだけど」

「じゃあ起こしてよ。朝お別れしたい」

 

そんな会話をアレと交わしてから就寝。なんかノスタルジックで寝付けないかと思いきや、そこそこコテンと寝入った。

 

起床7:45。スーツケースを開けて少し荷物整理をしているところに、アレさんが。

「Well, I guess this is it」

「お別れだね」

「6年間、あなたと一緒に住めて幸せだったよ」

「私も、その意味では最高の6年間だった」

とハグして彼女は仕事へ(この場になぜかウェンさんもいた。空気読んだ?)。

 

もう一度部屋を綺麗にして、シーツやブランケットを捨てて、最後のコーヒーを飲んで。11時過ぎぐらいに仕事に行く前のミーさんがお別れを言いにきてくれた。

「あなたと一緒に住めて、本当によかったわ」

「こっちこそ本当に。とても楽しかったよ」

と。気をつけて帰って、すべてのことにご多幸を、と祈ってくれた。

 

 

 

もういよいよ家を出る15分前くらいになったので、最後にウェンさんとお別れ。ウェンさんはわいがいなくなるのを知ってか知らずかちょっとそっけない。庭で草を食べているのを観察して、ちょっとなでなでして。わいはウェンさんが1歳の時から一緒に住んでいて、彼女は今7歳。本当に、ウェンさんの人生のほとんどを一緒に過ごしたことになる。

 

うつで一番しんどかったとき、人とは話せないくらい苦しかったとき、 ウェンさんの存在がいつもわいの魂を救ってくれた。ウェンさんを撫でで、ウェンさんに話しかけて、ウェンさんに甘えられているときは、どれだけうつでも一瞬幸せだった。

 

「ありがとうね、あなたのおかげで幸せだったよ。本当にありがとうね」

 

ハウスメイトとのお別れはなんとか涙を堪えたけど、ウェンさんとのお別れはダメだった。ボロボロ涙が湧いて出てしまった。最後までキョトンとした顔で見送ってくれたよ。生きてる間にもう一度会えるか分からないけど、「will see ya」と言って家を後にした。いつまでも元気で、幸せにね。

 

 

フェアウェルディナーが催された【日記】

フェアウェルディナーが開催された。午後6時くらいにキッチンにハウスメイトが集まり出し、今日作るお料理の打ち合わせをし始める。しかし30分後くらいに「ちょっと問題があって、料理するんじゃなくてデリバリーにすることにした!何か食べたいものある?」とお皿さん。

 

うちの家の人は誰も我が強くないので、もっと我が強いメンバー(アリさんとかローさんとか)が来るまで待つことに。廊下でみんなでおしゃべり。コロナウイルスの話だったり、誰か私のネパール産のガネーシャのお面を引き継いでくれないかという話だったり。

 

そんなこんなしているうちに、アリさんがお友達を連れて登場。アリさんはいつ見てもめちゃくちゃ美人。ベリーベリーベリーショートくらいの金髪で、今日も元気いっぱい。チョコレートケーキを焼いて手土産にしてくれた!嬉しい。アリさんの決断力によって、一瞬でマレーシア料理をオーダーすることに決定。

 

そうこうしているうちに、お誘いしていたわいのイラン人の友人が到着。彼が入ってくるや否や、お皿さんが自室に駆け込んで行った。どうしたんだろう、と思ったらヒジャブを取りに行っていた。事前に来るのが男性だとお知らせしておけばよかった……大学に行くときにヒジャブを被っているのは知っていたけど、家の中だと身につけていないので、すっかり頭になかった。

 

友人は片手にワインと、片手に黄色い花束を持っていた。これでワインが3本、絶対に捌けない……笑。俺のワインが日の目を見ないことが確定した!まぁ家に置いておいたら、誰かがあげたり飲んだりしてくれるだろう、いつか。スーツケースが空いていたら、持って帰って誰かのお土産にするのもいいかもしれない。

 

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とにかく。友人とはかれこれ2年半ぶりくらいの再会だった。みんなでデリバリーを頼んでいたリビングに友人も座る。ウェンさんが周囲をうろちょろしたり飛びかかったり熱烈な歓迎。

 

「僕には13ヶ月の娘がいるんだけど、犬と赤ちゃんって愛情表現が本当によく似ているよね」と友人。

 

庭にある、アリさんが植えたユーカリの木を見せてあげる。めちゃくちゃ立派な木なので、わいらが植樹したことを知って大層驚いていた。ハウスメイトとは普段からお話しする機会が多い分、自然と友人との会話がメインになった。会っていない間どうしていたか、キャッチアップすることがいっぱいあった。どうして子供をもつ運びになったのか、とか。想像していた以上に「状況に流された」側面があって、そんなものなのかと。「この年になって思うんだ、この世の中に、僕が決断して選び取ることなんてそんなに多くない。ただいろんなことが発生して、勝手にやってくるだけなんじゃないかって」

 

 

 

そんなこんなしている間にディナーが到着!机を埋め尽くすヤミーさんのパック!お腹が暖かい。幸福だ。友人が持ってきてくれたワインで乾杯する。お互いにどれくらいペーパーワークが嫌いか、という話をしていて、隣にいたアリさんが「めちゃくちゃよくわかるわ。私は保育士をしているんだけれど、どこかを擦りむいた子がいると、そのために2ページの報告書を書かないといけないの」と。「なにそれ、絆創膏を貼って終わりで済む話なのに!」と友人。

 

本人に面と向かって言うのは恥ずかしいので、友人に説明すると言う形にして、わいがどれほどアリさんを尊敬しているかを伝えた。アリさんはすごいんだよ、この家は最初に引っ越してきたとき、悪の組織のアジトみたいなあばら屋のを、アリさんが数週間足らずで立派な家にしたんだ!キッチンのあの棚も、リビングの棚も、全部アリさんが作ったんだよ!アリさん以上にオーガナイズされた人間を僕は知らない、アリさんは本当にすごいんだ、と。あーアリさんかわいい。2018年の10月に出て行って以来会う機会がグッと減っていたけど、やっぱり4年間一緒に住んでいただけあって、会うと懐かしさでいっぱいになる。懐かしいな、アリさんのこういう空気感が大好きだな、としみじみ。

 

リビングに移動。アリさんとアリさんの友人はご飯を食べると比較的すぐに帰ってしまった。キツくハグをして、またいつか会いましょう、と約束。こういう約束は過去に叶ったことも叶わなかったこともあるけど、言っている時の気持ちはgenuineなんじゃないかい。

 

それからリビングで友人とアレさんと長く話し込んだ。主に、サムウェアー県のアカデミアについて。アレさんは両親がどっちも大学の講師だったからinstitutional politicsのようなものはよく知っていて、友人もgraduate studentsを代表して大学の会議等に出ていたので、大学という"素晴らしい知的創造の場"が、実際にはどれほど馬鹿げていて子供じみた大人同士の関係性でgovernされているかを目の当たりにしたらしい。想像以上に子供っぽい見栄の張り合いの世界なのだ。*1

 

 

 

「イランにいたときは、サムウェアー大学ではきっと知的で、genuineで、平等主義の世界が待っているんだと思っていた。でも、そんな場所は存在しなかった。それで気づいたんだ、人が集まる場所は、どこだってこんな状態になってしまうんだって」

 

「でも、そういう場所にもhumaneな人もいるよね。どれだけコラプトな場所にも驚くほど立派な人もいるんだ」

 

「わかるよ。僕がpostgradの代表をしていたときに、サムウェアー大学で3年〜4年間でPhDを取れなかった学生にペナルティを与えるという新しいレギュレーションを導入する話が出てた。一人の教授が言ったんだ、彼女は素晴らしい人だった。『学内には必ず学生を3年から4年でPhD取得に導いている指導教官がいます。ペナルティが与えられるべきなのは、指導教官の方じゃないでしょうか』ってね」

 

話はお互いの研究について。特に僕の研究テーマがどれほど政治的にセンシティブなエリアかという話に。友人は僕のことを引くくらい褒めてくれる。褒めちぎる。本気で言っているのがわかるから、ツッコめなくて困る。

 

「数年前に、whatchamaと2人で5時間くらい話をしたことがあったよね。あの時、僕はとてもとても重たい荷物を心に抱えていた。二人で罪悪感(guilt)について話していたときだ。君と5時間話をして、帰ってから気づいたんだ。胸に抱えていたものが消えていると。そして、それはそれから二度と戻ってこなかったんだよ」

 

わーーーーー。

 

「僕は最初の指導教官から次の指導教官に変わった時に(最初の指導教官からアカハラを受けていた)、この人に多くは期待しなかったんだ。世界を変えるような、自分が誇りに思えるような研究はしなくてもいい、ただこのPhDを終わらせることを目標にして、それを達成した。whatchamaにも同じことを言おうと思っていたけど、今日話していて思ったんだ。あなたの研究は重要なものだ、とりあえず学位を取ることを目標にして終わらせるのは勿体無い。僕はそれをしなかったけど、あなたは最善の研究をするべきだ」

 

わーーーわーーー。

 

(キッチンにいたときにも「僕はいつも君に驚かされる。君は話がとても上手なんだ。僕は君ほどarticulateに自分の思考を説明できる人間をほとんど知らないよ」と言ってくれて、「You know why?なぜだか分かる?それは私が他人と喋る代わりに、いつも自分とばかり喋っているからだよ!」と答えたら、わいの人見知りアンド引きこもり習性を知ってる通りすがりのアリさんが爆笑。)

 

そうこうしているうちにもう11時近く。友人がUberを呼んだ。こそっと秘密話をして、車を見送った。もしこれから先のプロセスで僕が必要になったらいつでも呼んでほしい、と言ってくれた。

 

 

 

中に入って、いつものハウスメイト+ローでおしゃべり。話は最近(私以外の全員が見ている)テラスハウスの話題に。いつの間にそんなにグローバルになっていたの!?と思ったら、Netflixの影響らしい。「そもそも3x3くらいしか選ぶ選択肢がないのはキツイよね、あとシェアハウスみたいなもんだから、ハウスメイトとデートするという考えがそもそもキツイ」「全員がバイセクシャルだったらもうちょっと選択肢が広がるのにね」と。なんのために見てるの?と聞くと、やっぱり文化的な違いが楽しいのが10%の理由で、残りの90%は「司会者がめちゃくちゃ面白いから」だそう。テラスハウスの司会って誰?山ちゃん?

 

ローはおしゃべりが軽快ですごく面白い。社交性のグラフがあったら、棒の長さが私の25倍くらいあると思う。あとは『Unreal』というテレビシリーズの話や、タイトルを忘れてしまったけどジェンダーがあやふやなブッチがトイレで取り乱すシーンがあるドラマの話など*2。最近『現代思想』に載った千田さんの論考が「トランスフォビックな言説ではないか」という批判をよく目にしていた。このお家はみんなクイアかクイアフレンドリーで、クイアなのが『わいらの普通』だから忘れてたけど、このキッチンにもトランスジェンダーとインターセックスの当事者おるんか、と。そういうカテゴリーも存在したっけ、と急に気付く。

 

「女子トイレに入って『間違えてませんか?』みたいな目で見られるのには慣れているけど、それでもあんな風に取り乱したりするかなぁ?と思って。リアルなんだけど、私のリアルの反応とは全然違うから、なんか違和感というか」「でも、あのとき主人公エクスタシー使ってたからじゃない?」そんな会話。わいにとっては(家の中だけで会う)家族のような人たちが、公共のトイレとかを使うときにそういう思いを日常的にしているんだという、唐突に別のリアリティが介入してくる感じが。

 

そしてローも帰った。「何か不用品があったら、段ボール箱に突っ込んどいてくれたら私がオプショップに持って行くから!全然気にせず頼って!」とのこと。ローとはめちゃくちゃ付き合いが長い(6年間知り合い)のわりに、友達という関係には微妙になれなくて。こんな風に楽しく過ごした後では、人見知りなんてせずにもっと積極的に話しかけたら良かったなぁなんて遅ればせに思う。

 

時計を見たらもう午前の12:40。

 

途中に睡眠障害、うつ、不安障害を挟んで全く部屋から出てこれないような時期があったとはいえ(圧縮したら2年くらいにはなりそう)、やっぱり6年半一緒に過ごした人たちとの別れは寂しいです。ハウスメイトという関係性は友人よりは希薄で。でも何でもない時間を一緒に過ごすのは、やはり家族に近いものがある。辛いことの方が圧倒的に多い6年半だったけど、この家だけはいつでも私を守ってくれた。変わらない安心と安全を提供してくれる基盤だった。こんなについていることはないよ。いまの気持ちを表せる言葉があるとすれば、それは「さみしい」以外にない。

 

 

 

*1:医龍、白い巨塔、ブラックジャックによろしくで医大の教授がやってるらしい愚かな政治ゲームに似ているのかもしれない。ちなみに友人は博論を出した今はサムウェアー大学で非常勤をしている。「労働量と対価が全く見合わない」「大学からすれば僕などは掃いて捨てるほどいる、いつでも捨てられる労働力にすぎない」と言う言葉にはもはや驚きはない。世の中には飲食とかアパレルとかメーカーとか清掃とかITとかいろんな職業があるけど、大学ほど夢も希望もない職種もないような気がする。プレカリアートになるのも地獄、成功してinstitutional politicsに参入するのも地獄……俺は博論を終わらせる気しかないけど、その後の職業に関しては「すがりついてでもアカデミアに!」とは思わなくなった。

*2:多分『Work in progress』かな?

Awaken: As if getting out of an abusive relationship...【日記】

1月19日の暴露療法から、ジェットコースターな日々を過ごして来た(富士急ハイランドの「ええじゃないか」レベルのジェットコースター)。この1カ月、ほとんど毎日、何時間かは死にたいと思っていた(でも希死念慮であって自殺願望ではない)。けどその一方で、自分でも驚くくらい、やるべきことをひとつずつ片付けられちゃった1ヶ月だった。いや、ほんと、驚き。なんか富士山に登ったり100kmマラソンに挑戦した人が、あとあと振り返って「良くあんな事ができたなぁ」と思う感じに似ているかもしれない。

 

10ヶ月間、恐怖心で一歩も身動きが取れなかった人間からしたら、信じられないくらい勇気を振り絞り続けられた1ヶ月だった。絞って、絞って、また絞ってこれたのよ。それに呼応するように、ひとつを除いたほぼ全ての問題を解決に導けた。っぽいのよ。驚きと感謝でいっぱい。クソみたいな奴も途中にいたが、1ー4で親身な人が勝った。

 

自分としても奇跡的な頑張りを出すことができて、他人という意味でも奇跡的な巡り合わせに助けられた1ヶ月だったのだ(この前、精神科医にノーアポで会いに行って、偶然キャンセルが入っていたからと飛び入りで診察してもらえたのもそう)。

 

【参照】精神科医との最後の診察【日記】 - 色々やってみる日記

 

 

 

そして今日またある巡り合わせがあって、ひょんなことから、ガッツリ目が覚めるような出来事が起きた。悪いことじゃなくて、多分良いことで間違いないと思う。細かい顛末はまだ書かないけど、これからの自分の身の振り方に、想像していなかった第3の道が現れたような感じ。目指している先は、どのルートを通っても同じ場所。ただ、想像していなかった行き方があると教えられて、頭に金だらいが落ちてくるような衝撃だった。

 

第3の道はかなり舗装されていない砂利道で、歩くのはわいのメンタルヘルス的にキツい道のりになると思う。行になると思う。ただ、長い目で見たときに一番後悔が少なくなるのはこの第3の道なんじゃないかって気がしてる。一番面倒臭い、楽ではない道だが、「自分を責めないで生きる」という意味では唯一無二の光を放っている。

 

はてなブロガーのmisoyorishiohaさんが痴漢被害を警察に届け出て、警察からセカンド被害のような酷い扱いを受けたという記事を思い出した。こんな目に遭ってしまったのが本当に可哀想で、理不尽で、意味不明で。同時に、それでも泣き寝入りしないという決断に、本当に頭が下がる思いだった。正しいことをするのがとてつもなく当事者の労力や精神状態を消耗してくるケースっていうのがおそらく多々ある。自分のメンタルヘルスのためには黙って消えるのが一番楽、というような(それはそれで、尊重されるべき難しい選択。被害者には非がないのだから)。

 

そんな選択肢が、私の目の前にも3つある。そして、今日の気持ちとしては、面倒臭くなりそうだし、また病むかもしれないけど、自分を信じて砂利道を進もうかと。きっと誰かが味方もしてくれるだろう、と。そんな決意をする前夜、という感じ。

 

あと、解決すべき事象はひとつだ。こんがらがっている事象で、3つのパーティが参加している。私は3つのパーティにそれぞれ少しずつ違う態度で接して、できるだけ物事を有利に運ぶ必要がある。俺は打算は苦手だが、少し頑張ってストラテジックになろうと思う。先のことを考えると気が重い。だが、やってみないとどうなるかなんてわからない。自分を信じて、自分のために戦えるところまで戦ってみようと思う。飛び込んで、助けてくれる味方を探そうかと思う。諦めるより、話をしてみようと思う。すでにボディブローのように面倒で気が重いけど。(何回言うねん)(いかんいかん、まだ起きていないことに意味付けをするのは先入観を増やすだけだ)。少なくとも誤った行為ではないような気がする。うん。

 

どうせ俺は死ぬまで頑張らないといけないらしいんだから、これも次にやってきた課題として、ただ粛々と頑張ってみようと思う。今日はとりあえずそう思ってるんだ。

 

【参照】どうやら私は死ぬまで頑張らないといけないらしい。 - 色々やってみる日記

 

ただ、この記事を書いた時と何か意識が違うとすれば、「頑張らなくちゃいけないのは自分だけではなく、他人もである」と今日気づいたことだろう。セクハラ被害を受けたときに、服の露出が多かったから、お酒を飲み過ぎてしまったから、相手にあやふやなメッセージを送ってしまったから、そんな反省を女性だけが延々するのは間違っている。全ての罪をひっかぶる必要はなくて、「ここは私の落ち度。だが、ここからここは断固としてあなたの責任である」という姿勢を他者にも向ける必要がある。責任のなすりつけあいではなく、責任のリーズナブルなアサインメントだったりアセスメントをすること。俺の過去記事を読んでもらえば透けて見えると思うが、俺は今まで自分の責任ばかりに目を向けて、他人の責任を追求しようと思わなかった。長年のうつと不安障害のせいかもしれないが、そういう思考がすっぽりと抜けていたのだ。自責思考から抜け出すには、こういう認識も大切なんだと今日教えられた。「責任がある参加者たちで、この泥をきっちり分け合いましょう」という揺るがない意志。先のことは読めないけれど、次に俺がする人間修行はそういう仕事みたいだ。