色々やってみる日記

粘土フィギュアの製作ログ、うつや不安症の話、論文執筆やResearch Studentのあれこれについて。

2019年の自分を手放しで褒めることにした。

 

多くの人がそうするように、私も今朝起きてからずっと、「今年はどんな1年だったかな」と考えていた。たまにある「今年の漢字が当てやすい年」みたいな感じで、私の2019年は今まで生きてきてトップレベルに一言で表しやすい一年だった。不安障害。それ以外の言葉がない。

 

最初、全然違うブログエントリを書いていた。私にとって不安障害の1年がどうだったか。今まで当たり前のようにできていたことができなくなるのがどれほど辛く、情けないことだったか。人が簡単にできることをどう頑張ってもできなくて、それを他人に「えーなんでやらないの?早くやりなよ、やばいよ?」と言われることがどれほど苦しかったか。

 

今年は、今まで生きてきたなかでもトップクラスに何もできなかった1年だった。うつになってからですらかろうじて意志力で頑張ってきたこと、それすらできなかった1年だった。自分が一番恐れている方向にトロッコが進んでいることを知っていながら、ブレーキが引けない1年だった。だから今年の振り返りは「自分は不安障害でこんなに苦しんだんだ!それを理解してくれ!」という気持ちと「本当に何もできなかった、情けない1年だった」という気持ちが戦っているような感じだった。前者が勝ったら「病気だもの」という感想になり、後者が勝ったら「深刻に反省して来年頑張ろう」というような感想になったんだろう。

 

 

 

そこまで書いて、はたと思った。今年の自分の頑張りを肯定してあげられなかったら、私は一生自分の努力を肯定しない気がする。だって今年、おたく死ぬほど頑張りましたやん。

 

不安障害で何もできないのが本当に辛かった。悪手だとわかり切っている逃避から抜け出せないまま何ヶ月も過ぎたことが本当に辛かった。1年を振り返って、「今年頑張ったこと」が何ひとつあげられないことが本当に辛かった。対外的に、客観的に見たら、今年の私は「不安障害に負けて何もしなかった人」だと思う。でもその「何もしなかった日々」で、私が努力しなかった日はほとんど1日もなかった。

 

不安障害をなんとかしよう、逃避をなんとかしようと思って、泣きながら本を読んだ。何冊も何冊も読んで、ようやくいまのACTの本に出会った。ACTの本に出会ってからは、少しずつ不安感を受容する訓練も続けた。

  

うつがぶり返しそうなときは、バランスを見て自分を休ませた。食事と睡眠にはできるだけ気をつけ自分を大切にした。どんなにしんどい時でも月に一度生理が来る煩わしさ、1週間前からすでに体調が悪くなるPMSにも12回耐えた。お金がなかったけど、頑張って上手にやりくりした。浪費・消費は本当に我慢した。そして不安障害でどうしようもなかった(現実にコミュニケーションを遮断してしまったから、もはやこれが何かの役に立つのかどうかすら分からないけど)けど、ほとんど365日勉強は続けていた。たとえ1日2時間ほどしか集中が持続しなくても、起きて「勉強しよう」と思わなかった日は1日もなかった。いま手元にある120ページほどの文章は、誰がなんと言おうが私の努力の結晶だ(この120ページを生み出すために、今年も軽く1000ページは文章を書いたと思う)。

 

 

 

これまでの人生で、私は「結果」に恵まれてきたんだなと思った。過去のどの時期を振り返っても私は頑張っていたと思うけど(これは自分だけじゃなくて、人類全員が毎年毎年頑張って生きているということだと思う)、ラッキーなことに、私の頑張りはいつも「結果」に結びついていた。大学に受かれたり、大学を4年で卒業できたり、大学院に首席で入れたり、修士課程を2年で修められたり、サムウェアー県に来れたことも含めて。でも今年の自分は、努力してきた日々がどんな結果にも繋がらなかった。もしかしたら、来年の結果には繋がっているのかもしれない(し、そうであることを望むけど)、今年という時間に制限したら、本当に本当にひたすらの孤独のなかでそれでも努力を続けた1年だったと思う。

 

「死ぬほどやるべきだったのにしなかった(不安障害もあってできなかった)んでしょ?」という視点から見たら(つまり結果だけ見たら)本当にゴミクソみたいな行動を取り続けた1年間だったけど、

 

でも、毎日あきらめなかったよ。やりたい、やらなきゃと毎日思ってた。来る日も来る日も深く自分と向き合ったよ。自分の病を治そうとしたよ。できなかったことを多少なりともカバーするために、できることの努力を続けたよ。365日、1日も欠かさずにだ(ひとつ言っておくと私の頑張ったのハードルは高くない。それが私の新しい生き方だからだ)。

 

誰がなんと言おうと、心の底から信頼する人にすら認められなかろうと (but mom just called me 'the apple of her eyes,' and that makes everything fine)、私は2019年をめちゃくちゃ頑張って毎日生きた。毎日よく努力した。だから、手放しで褒めることにした。客観的には責められて、叱られるべき行動しか取っていないのだから、それでも褒めることにしたのは英断だと思う。本当によく頑張った、よく頑張ったよ。お前、偉かったな。辛かったのに、がんばったな。

 

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それとは別に、2020年の目標はいくつか立てて行きたいなと思っている。そのうちの一つは、今日から継続的にACTの暴露療法をやっていくことだ。とりあえず今日+2020年の1月はできるだけ継続して自分の一番の不安トリガーのドアを開けて行こうと思う。言うのは簡単だけど、やるのは本当に大変だよ。9ヶ月間できなかったことなんだもの。すでにパニックになりそうだけど、でも今日もトライしてみる (※2019/12/31: できたぞ!有言実行したぞ、ひとつやったぞ!)。不安障害は治らなくても大丈夫だから、逃避を辞められるように、またがんばっていく。2019年も生きて年を越せたことに感謝。今年、私の生活を助けてくれた全ての人へ、本当にありがとうございましたm(^-^)m