色々やってみる日記

粘土フィギュアの製作ログ、うつや不安症の話、論文執筆やResearch Studentのあれこれについて。

生まれて初めて、ほんとうの自殺願望があたまのなかにいる。

俺は多分基本的には理性的な方だし、意志力も強い方だ。身内に自殺者がいるから、どんなにうつのひどい時でも自殺をしようとは思わなかった。今、生まれて初めて本当に自殺したい人の気持ちがわかった気がする。多分、一番の問題は「そのことが自分の人生のすべてのように思えている」ことなんだ。仕事を失ったんだとしたら、そのことが。パートナーを失ったんだとしたら、そのことが。お金がなくて辛いんだとしたら、そのことが。体が痛くて辛いんだとしたら、そのことが。学校に行きたくないなら、そのことが。そういうイベントはどれだけ辛くても本来は自分という人生の一部であるはずなのに(大きくても、すべてではない)、脳内でそれ=自分になっている。だから、逃げ場がない。プランBがない。辛さが自分の人生になってしまうから、他の可能性が入り込む余地がない。この頭と想像力のすべてを占める苦しみから逃れるためには死ぬしかない。多分、これは視野狭窄の一種なんだ。

 

 

 

いや、ほんとうのところは他の人がどうかなんてわからないけど(主語の大きいやつやっちゃってごめん)、今のわたしはそんな風に思っている。それだけ、今失いかけているものが大切だってことだ。そのために、いっぱいいっぱいがんばってきたってことだ。そして、まだ諦めてないけど、うん。この土日、久しぶりに眠れなくて、ご飯が食べられなかった。

 

さっきから、xxxxxxxxxことしか考えられない。わいはリスカはしたことがないし、天地神明に誓って、どんなにメンタルヘルスが悪かったときにも自殺しようとだけは思わなかったのだ。

 

まずは膨らみきったイクラちゃん(肥大化したイベント)を潰すところから始めよう。それがどんなに大事でも、わいの人生のみっちり100%ということはないはずだから。自由な国に住んでいた頃のわいが今のわいを想像できなかったように、わいはこれからも変わり続けていくのだから(それは、「それ」が手に入ろうと変わらない)。変化を恐れてはいけないよ、それこそ本当に生きていけなくなるよ。暴露療法をして、今、9ヶ月の逃避に終止符を打とうとしている、それは多分「誰の目から見ても明らかな」今のわいがすべきファーストステップなのだから。その後のことは、また手探りで見つけて行こう。

 

がんばりたい。かといってがんばりすぎてもいけない。アリストテレスの言うように、バランスを大事に過ごそう。

 

 

追記:これから1週間くらい経ちましたが、もうすっかり元気。とりあえず元気。イクラちゃんは弾けたし、ご飯おいしいし、ちゃんと眠れている。ついでに10ヶ月間逃避し続けた外界との折衝もぼちぼち頑張ってる。ほぼ毎日パニックにはなってるけど!笑

 

とりあえず、今はじさつがんぼうはどこにもない。母と姉が一週間遊びに来てくれて、美味しいものをお腹いっぱい食べさせてくれたのでとても元気になった。親には経済的・心理的な負担を強いてきたのに、「なるようにしかならへんわ。ダメやったら帰ってきて、また何でも違うことやったらええやん」と言ってくれて、ありがたい。もし、親が自分以上に絶望していたり、責められたら『がんぼーちゃん』まだいたかもしれない。責める権利があるのに、許して信じて応援してくれて、本当にありがたい。感謝でいっぱい。