色々やってみる日記

粘土フィギュアの製作ログ、うつや不安症の話、論文執筆やResearch Studentのあれこれについて。

他者という想定外は面白くもあり【日記】

 

昨日、自転車を売った。こちらのメルカリのようなサイトで売った。25ドルで売った。

 

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この自転車は6年前、まだ右も左もわからぬひよっこ博士学生だった私を妙に気にかけてくれ、優しくしてくれたウクライナ出身の先輩にタダでもらったものだ。

 

これまで日本製の折りたたみ自転車にしか乗ったことがなかった私(24歳まで自転車に乗れなかったという追加属性もあり)にとって、先輩がくれた自転車は『馬鹿でかいフレーム』『馬鹿重いフレーム』『馬鹿高いシートの位置』となかなか手を焼くものだった。シマノのギアとかごついサスペンションとかがついていたけど、フルポテンシャルの引き出し方は結局分からないままだった。

 

それでも自転車を知らないなりにメンテナンスをし、6年間活用してきた思い出のチャリである。日本以上に自転車の車道通行が徹底されているサムウェアー県で、ヘボな運転だったにもかかわらず、よく並走するトラック等に轢かれずに済んだものだ(細心の注意を払ってのヘボ)。

 

帰国を目前に控え、断捨離をするなかで、この自転車も手放すことにした。先月末に母と姉が来るまでは経済的に困窮していたので、中古品セールの売り上げをかき集めて最後の家賃を払おうとしていた。が、母と姉がお小遣いをくれたので、そこまでの切迫感はなくなった。それでも家に置いておいても邪魔になるだけだろうし、ならば安くで必要としている人の手に渡れば良いと思った。

  

最近ちょっと斎藤一人さんのYoutubeとかを見ていた。これは完全に人の受け売りで私自身がファンというわけではないんだけれど、さすが大成功した商売人というだけあって「お客さんを喜ばせるとみんなwin-winなんだよ」みたいなメッセージには素直に共感できた。せっかく学んだんだから実践に移そうと思って、チャリの広告を出す際、「できるだけ買った人に良い買い物だったと思ってもらえるように」と意識して価格設定や文面を考えた。

 

 

 

チャリの値段を設定する。今現在パンクしていること、かなり年季の入った品であること(先輩が6年乗って、私が6年乗った)、でもそもそものチャリの値段は高く、パンクさえ直せばまだ現役であることなどを加味して2500円にした。今時はyoutubeなんかでパンク修理の動画も出ているし、とにかく安くで自転車が欲しい!という人になら喜ばれるんじゃないかと思ったのだ。他にもヘルメット、ライト、チェーンをタダでつけてあげたら喜ばれるんじゃないかと思って、そうした。

 

中古品のやりとりは基本的に直取引だ。金を持って家にきてもらって、相手は商品を引き取って帰る。 かなり安めの金額設定にしたからか、すぐに連絡がきた。「今日の4:00~4:30の間に、自転車を見に来て良いかい?」とのこと、OKと返事をする。

 

4:00になったので、家の前で段差に座ってパソコンをしながら相手が来るのを待った。自転車はすぐ傍に出しておいて、ついでに軽く乾拭きしておいた。すると、5分もしないくらいで初老の男性がこちらに近づいてきた。65歳は超えていそうな総白髪だけどガタイが良い。

 

「Hi!自転車を売り出しているKっていうのは君かい?それにしても、この工事はどうなってるんだ?」

 

「そうです。昨日ぐらいから道路全部掘り返しちゃって、びっくりですよ」

 

特にコロナウイルスのことがあるし、もしかしたらレイシスト系の人がこないとも限らないと心配していたので、内心良さそうな人にホッとする。コミュ症がバレないタイプのコミュ症の俺は、365日外見は平静を装っている。多分、このおじさんにもバレていないはずだ。

 

「自転車はあれかい?」

 

「ええ、自由に見ていってください」

 

おじさんはしゃがみこんで、主にホイールを見ていた。シュルシュルと前輪・後輪のホイールを回す。

 

「この自転車は、どうして手放すことに?」

 

「もうすぐ、この場所から移動するんです。もともとは友達の自転車で。友達はかなり手を入れていたみたいなんだけど、私は自転車あまり詳しくなくて。普通に乗る以外のことは分からないままでした」

 

「僕は、自転車の中古のパーツが欲しくて、たまにこうやって買ったりするんだ。デパートで買うよりもずっと良いパーツが手に入る。いくつかの自転車をバラしたら、すごく良いのが組みあがるからね」

 

この時点で、一瞬びっくりした。自転車を買う人間はそのまま乗るものだと思い込んでいたからだ。だが、このおじさんは私の自転車をパーツとして見ているらしい。

 

「それでもよければ、25ドル。ぜひ買うけど、どうする?」

 

本当は心のどこかにこのまま乗り続けてくれる人に譲りたい気持ちがないでもなかったが、かなり年季が入っている中古品だ。そして俺は本当にもうまもなくこの国を離れる。「いいですよ」と即答していた。

 

ヘルメット、チェーン、ライトはいらないと返されて、おじさんは自転車を持って行った。ものすごく質の良い取引だったと思う。おじさんは常識人だったし、値切られなかったし、私は私で準備がよかったし。引き取られなかったヘルメットのなかに、お金と不要だと言われた付属品を突っ込んだ。

 

 

 

そうか、なかなか自分の想定しているお客さんなんて来ないんだな、と思った。普段は商売っ気のないことが本業なので、少しだけ商売の世界を覗いたようで愉快な気分になる。他者という想定外は面白くもあり、また同時に少し悲しくもなるような。

 

悲しさ、は自分の売り出したものが「物」としてではなく「パーツ」として売れていくことの、認識の差異みたいなものから来ているんだと思う。あとはまぁ、受け取ってもらえなかった(というか需要がなかった)俺の善意が独りよがりのように思えたから、とか。

 

なにはともあれ。先輩のチャリ太郎は、再び譲渡された。チャリ太郎、6年間俺と一緒にいてくれてありがとうよ。俺を街まで運んでくれてありがとうよ。パーツになるかもしれない(というかなるんだろう)が、それも物の価値、君のusefulnessなのかな。とにかく、さんきゅな。