色々やってみる日記

粘土フィギュアの製作ログ、うつや不安症の話、論文執筆やResearch Studentのあれこれについて。

精神科医との最後の診察【日記】

今日は、2017年の3月からずっと俺の治療に当たってくれている精神科医に会いに行った。2019年の4月以来音信不通にしてしまったので、10ヶ月ぶりの再会になる。先生のことはすごく大好きだったし、友達とすら思っていたけど、会ったらメールをチェックさせられるんじゃないかと思ったら会えなくなってしまった。ミルタザピンとセルトラリンが切れようが、先生に会えなかろうが、「メールをチェックさせられるよりはマシ」という判断だったんだろう。

 

アポなしで先生の診療所を訪れる。毎週木曜と金曜は必ずオフィスにいてるはずだけど、今日先生が出勤しているという保証はない。

 

「もしよかったらアポイントメントを取れないでしょうか。もう生徒じゃないので、システム的に難しいかもしれないんです。そして、月末には日本に帰るので、来週中じゃないとアポイントメントに応じられないんです。あと、よかったら大学に提出する手紙を主治医として書いていただけないでしょうか」

 

そんなことをお願いするために会いに来たけど、心の何処かで疎ましがられる想像をしていた。10ヶ月も来なかったのに、今更何しに来たの?もう学生じゃないなら、診察はできないよ。予約でいっぱいだから、診察はできないよ。手紙は書けないよ。そんな返答が来るような気がしてた。

 

先生に会う前は、いつも角のセブンイレブンで1ドルのコーヒーを買う。今日は30度超えで暑かったから、アイスメルトという「アイスクリームが入った入れ物に、コーヒーを追加で注いで飲むもの」を買った。底にバニラアイスがしいてある入れ物を冷凍庫から出して、マシーンのコーヒーを入れるんだけど、集中力が足りなかったのか、間違えて「アイスメルト」ではなく普通の「ブラックコーヒー」を選択してしまう。マシーンから入れ物を超えて溢れ出すブラックコーヒー。

 

気を取り直して保健センターへ。精神科はエレベーターを上がって1階。先生の診察室の外の椅子で待つ。物音はしなかった。受付のシャッターは降りていた。先生が、すぐに診察室から顔をぴょこっと出した。「今日は、僕に会いに?」と尋ねられる。そうです、と答える。先生は中に。また顔を出して、「ちょっと待つ時間ある?」と。「今日はいくらでも待てますよ」というと、了解と言って中に戻って行った。

 

20分もしないうちに、前の人の診察が終わる。

 

通りすがりに、「あなたのことはなんて呼んでいたっけ。OOO(名前)sanだっけ、それともXXX(苗字)sanだっけ?」と言って、先生がニヤッとした。「いつもはXXX(苗字)sanと呼んでいましたよ」と返す(英語圏の国なので、私が日本人だからと『苗字にさん付け』で呼ぶのはこの先生くらい)。

 

診察室に招かれた。

 

「先生、私アポイントメントないんだけど、いいの?」

 

「ちょうどこの時間の子がキャンセルになったから、いいんだよ。入って」

 

先生はアポなしで10ヶ月ぶりに尋ねて来たのに、事情すら聞かなかった。ただいつもの診察室の椅子に座らせてくれて、いつものようにカウンセリングを始めた。

 

久しぶりだね、どうしていたの。全くいつもと同じ調子でカウンセリングが始まった。この10ヶ月間のことを言葉を尽くして説明する。先生はいつものようにうなずきながら、ごく稀に聞き返しながら、時系列を手元のノートに書き込んで行く。

 

「大学に提出する、手紙をお願いしたいんです」と言うと、「それは書くよ。書くから心配いらない」と。

 

全部を話し終えて、先生から言われたことは基本的に2つだった。ひとつは「君はこの5年間、メンタルヘルスの病気になって、何かよかったことはあった?」「たくさんありました」と答えた。

 

実際に、よかったことの方が多いような気がしてる。失ったものはひどく多かったし、道のりは本当に死にそうなほど辛かったけど、

 

自分のことを責めないようになった。他人を思いやるように、自分を思いやろうと思い始めた。人に優しくなった。人には思いもよらない事情があるかもしれないと思うようになった。理想の自分を追いかけるんじゃなくて、現実の自分を認めてあげようと思い始めた。不安障害は本当に辛かったけど、暴露療法をしたときの自分は今まで生きて来たなかで、一番勇気を出せた自分だったと思う。

 

そんなことを話したら、「この前、パラリンピックのバスケ選手のインタビューを見たよ。彼は今までの人生で起こった一番素晴らしいことは、足を失った事故だと答えていた。それで、彼の人生を見る目が変わったからだ」と。

 

「わかると思います。うちのお母さんも関節リウマチになって、歩けなくなった時期もあったし薬はキツイしで本当に散々だったけど*1、『呪いが解けた』って言うようになった。生き方が本当に変わって、『人生を生きる唯一の目的は、楽しく生きること』と思うようになったって」*2

 

そして、先生から最後のアドバイスのようなものをもらった。

 

「いいかいXXX(苗字)、何も恐れる必要はないんだ。何も、だ。何も恐れなくていいんだ。世の中は思い通りには行かない。自分のベストを尽くして、あとはただ展開に身を委ねたらいいんだ。君はこの10ヶ月間『メールがチェックできない』ととても不安だった。でも、君は1月にチェックできたんだから。別に、不安になる必要はないんだ」

 

「でも、先生、もし私が(一度アポを取ろうとした)去年の7月に診察に来れてたら、私になんてアドバイスをした?」

 

「……それは、メールをチェックさせただろうね!」と言われて、二人で爆笑。

 

「恐怖に向き合うことは大事だ。人生は毎日が暴露療法みたいなものだ。でも、何も怖がらなくていいんだから。人間はなにでいつ死ぬかわからない。今日死ぬかもしれない。死なないかもしれない。未来のことなんて何もわからないんだから。博士課程がどうなるか不安だ、仕事が見つかるか不安だ、なんて思わなくていいんだ。自分のベストだけ尽くしていたら、そのうち勝手に解決されているよ。ベストを尽くすのだって、『その日にできたベスト』でいいの。『あれが達成できなかった』なんて思い悩まなくていいんだよ。自分を信じるんだ。自分が信頼に足る人間だと信じるんだ。XXX(苗字)、僕は君のことを、ずっと頑張っている善人だと思ってきたよ。僕は君のことを信頼できる。」

 

帰り際に先生におみやげを渡した。「本当はあまり受け取らない方がいいけど、XXX(苗字)からなら受け取る」と貰ってくれた。そして握手して、きつくハグをして、「大学に出す手紙は、君が帰国する日までに書くよ。君とは連絡が続けば嬉しいと思っている。たまにメールでもくれよ。」と先生。

 

お互いに「I wish you all the best」と願いあって、診察室を後にした。

 

 

*1:今も治療中だけど、病院を変えて日常生活は普通に送れるようになった。

*2:みんなが病気をありがたく思え、というわけでは決してないよ我が家ではそういう側面があったというだけ。その境地にたどり着くまでにわいも母も2〜5年はかかってるし、たどり着いてからもアップダウンはある。

全豪オープンにグランドパス当日券でふらっと行ってきました【後編】

 

  

では、ようやくメインのテニス観戦レポに参りませう!ただご容赦いただきたいのは、わいがテニスのことは本当に何も知らない門外漢だということです。

 

テニスの知識といえば、年代的に『テニスの王子様』くらい……?という人間が書いていると思っていただけたら幸いやで。そんな素人視点からの全豪オープンの感想をお届けするお!

 

 

45分の待機列の後に、ようやく入場を果たしたコート3。

 

スタジアムの雰囲気

こじんまりした、コート3のサイズ

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わいは、入ってすぐに「コートちっちゃ!選手が肉眼でしっかりはっきり見えるじゃないの!」ということに驚きました。プロスポーツといえば、プロ野球とかサッカースタジアムくらいの規模の観客席しか印象になかったんですね。それに比べたら、コート3はめちゃくちゃご褒美スタジアムじゃないですか!こんなに近くで見て良いの??高校の憧れの部活の先輩を見るくらいの距離で、トッププレーヤーを拝んでいいんですか??

 

ここがすごいよ全豪オープン!

 

スタジアムのサイズがこじんまりとしているため、肉眼で選手の一挙手一投足が見れる!このサイズのスタジアムじゃ、どこだって神席なのでは!?

 

 

錦戸に入場させてもらってすぐは、「席なんか見つかるのかしらん?」と思ったけれど、このサイズだったので空席がすぐわかりました。

 

1席は(15列くらいあるうちの)ちょうど真ん中辺り、7列目くらいの位置。並びの2席はもう少し後ろで10列目くらいでした。見晴らしの良い前方の席を母に譲り、テニスのルールを知らない私は昔テニススクールに1年だけ通っていた姉の隣に着席。ポールが少し視界をふさいでいるけれど、避ければ普通に神席! 

 

応援のマナー

席をぐるっと見回すと、クロアチア応援団とも呼べそうな、赤と白のチェッカー柄に身を包んだ一団が目立っていました。いつみてもVANSの靴を思い出すおしゃれな国旗。さっきの写真にも写り込んでました。

 

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わいはテニス=紳士のスポーツという印象から(二回目)、試合って静かに行われるのかなと思っていたのです。ところが実際は

 

けっこう歓声が飛ぶ飛ぶ!

 

良いラリーが続いたら「WOOOOOooo!!」。コートチェンジのときも「WOOOOOoo!」。

 

応援のルールもよく分かっていないわいでも次第に試合にのめり込み、選手がサーブミスをするとつい「う……」と声が出そうに。でも観戦者の方で、ミスに声を出す人は誰一人いなかった。サーブの瞬間が、一番スタジアムが無音になる。良いプレーには声をあげて、それ以外は選手の集中力を守っているのかなと。それは素敵なマナーだなと思った。

 

ただ、やで。

 

観戦マナーの話には少し続きがあって、それはちょっと後で。

 

お酒が持ち込み可能なこともあって、コートの雰囲気自体はとてもくだけたものでした。野球観戦やサッカー観戦と変わらないような。服装とかも、みなさんラフでしたしね。

 

 

 

この試合はマリン・チリッチ vs ブノア・ペール戦だった!

フルセットの試合

入場した時点では、誰が戦っているのかすら分かっていない状態。

 

選手の一人は真っ青のユニフォームを着ていて、もう一人は立派なおヒゲを蓄えています。目の前のモニターに映し出されるスコア表と選手のデータ。

  

ち、チリッチって書いてある!!

 

なんと、私たちが入場したこの試合は、前日のうすい下調べで見ていたマリン・チリッチ戦だったのです!あれ?この試合が始まったのって、だいぶ前じゃなかったっけ??

 

この日のチリッチvsペール戦は試合時間3時間を超えるフルセット試合(勝敗が最終セットまで持ち越される勝負のことらしい)だったのだ。

 

わいらが入場したときは、ちょうど試合が折り返した辺り。着席してから最後まで、点を取っては取り返す、めちゃくちゃ拮抗した試合展開!!これは素人でも分かるくらいアツい!!!

 

前後左右の揺さぶりが面白い!

テニスの試合って本当にドロップショットとかドロップボレーとかするんですね!!あの、相手コートの前の方にボールを打ち返すやつ!!チリッチvsペール戦では前後左右に揺さぶりをかけるシーンがけっこうありました。あと200km/h超えのサーブが何回か。すげぇ……

 

当然めちゃくちゃ真剣な試合なんでしょうけど、相手の裏をかくようなトリッキーな動きが頻発していて、見ててすごいエンターテイメント性があった。勝つためにこんなに自由にプレーしていいんだぁ〜!というところに素人の心は踊りました。

 

テニスの試合ってこんなに楽しくていいの?って思ってしまった。

 

この試合が終わった後に、引き続きポルマンズvsラヨビッチ戦も観戦したんですが、見ててわかりやすく面白かったのは圧倒的にチリッチvsペール戦だった。むしろポルマンズvsラヨビッチ戦の方が、私がテニスに抱いていたイメージ通りだったかもしれない。真面目な感じというか。観客席ももうちょっとお行儀がよかった気がする(2回くらい、オーストラリアのポルマンズ選手を応援する『オジオジオジー!オイオイオイ!』の掛け声があったくらいで)。

 

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最前列で見た、ポルマンズvsラヨビッチ戦。 

  

後ろに座っていた熱狂的なファン

最初はお名前を存じ上げているというだけの理由でチリッチさんを重点的に見ていたのが、気付けばおヒゲのブノアさんの応援をしていた。わいらの席の真後ろに熱狂的なブノア・ペールファンのオーストラリア人がいて(オーストラリア英語だった)、その人がことあるごとに大声で

 

ゴォォォォブゥノォォォォォォ!!⤴️

 

と叫んでいるのを聞いているうちに、感情移入したのかしら。声からてっきりブノア・ペールファンのオジーのおっさんだと思っていたら、振り返って顔を見た姉によると「高校生くらいの男の子だった」とのこと。あんなに野太い声の!?

 

スタジアム全体でみると、おそらくチリッチ選手の応援団の方が声が大きかったので、この高校生の彼は一人でめちゃくちゃ頑張って応援しておりました。100人力の応援!

 

サーブのお写真

ブノアさんはとにかくスタイルがよくて体つきが本当に美しかった。カメラを見返してたら、わいはサーブの瞬間ばかりを撮っていたみたい。

 

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こちらがブノア・ペール選手(フランス)

 

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こちらがマリン・チリッチ選手(クロアチア)

 

すげぇ〜〜生身の人間の体でできることすげぇ〜〜〜。

  

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左に写っているボールガールさんたちも良い働きで!コート内に転がったテニスボールをはけさせる時の「ボールの送球の仕方」は決まってるみたいで、とても機敏。コートチェンジ休憩のときにタオルを持って行くのも彼女たち。ペール選手が空中にパッと放り投げたタオルを機敏にキャッチしてました。

  

ペール選手が怒った観戦マナー

試合は最後のセットまでもつれ込み、わいの記憶が正しければ、チリッチ選手を応援していたクロアチアの応援団が歌を歌った?んですよね(野球でいうなら「かっとばせーなんちゃら!」みたいな?)。そしたらペール選手が、

 

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カポッと耳を塞いでから、

 

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平泳ぎするみたいに腕をスイスイっとするジェスチャーをしました。


今の平泳ぎみたいのは何だろう?

f:id:up-phd:20200208210205p:plain静かにしてって抗議じゃないかな?

 

 

これ、どうやら記事にもなっていたようです。

 

 

ざっくり要約すると、チリッチ選手のファンの応援マナーに苛立ったペール選手が、ウォーターポロのキャップをかぶったファンたちに「プールに帰れ」というジェスチャーをしていた、とのこと。注: ウォーターポロはクロアチアで有名なスポーツだそう。

【参照】Australian Open 2020: Benoit Paire mocks water polo fans in losf to Marin Cilic | Fox Sports

 

最後のセットまでずーっと、どちらかが1本取って、そしたら相手も1本取り返して、というめちゃくちゃ競った試合内容が続いていただけに、最後の最後にペール選手が立て続けにポイントを落としてしまったのがあっけなかったような気がした。その一端に観戦者のマナーという悪影響があったのなら、それはよろしくないね(私には勝敗を決した『本当の理由』のようなものは分からないけど)。 

 

この数日前にはギリシャのチチパス選手が自分のファンの応援を「フットボールすぎる。あの姿勢はテニスに属するものじゃない、フットボールのものだ。テニスコートのものじゃない」と注意していたよう。もしかしたらわいが目撃した全豪オープンのマナーは本当はあんまりよろしくないものだったのかもしれない。

 

 

余談

「ブノア・ペール」「奇人変人」

家に帰ってからペール選手についてぐぐってみたら、 「錦織選手のライバル」という検索予測の次に「奇人変人」と出てきて笑ってしまった。おヒゲがかっこいい人だと思っていたら、そんなあだ名があったのね!日刊スポーツの記事には「凡ミスとスーパーショットの嵐」と書かれていました。

【参照】錦織きょう2回戦 相手は天敵、奇人変人のペール - テニス : 日刊スポーツ

 

またペール選手はリオ五輪のときに、素行不良だか問題行動だかのような理由で、選手村を追い出されたそう。

 

前編で書いた通り、わいは不安障害があって10ヶ月間引きこもっていて、1月22日はまだ一番気が動転していた頃と言っても過言ではなかった。ビクビク怯えきっていたわいにとって、周囲の目なんて気にせずにどーんと自己主張をしているペール選手はえらくかっこよく映り、勝手に感銘を受けたのでありました。

 

 

余談:大坂選手のポスター等

会場には前年度優勝者の大坂なおみ選手の顔があちこちに大きくプリントされていました。私が大学のときに片思いしていた女性にそっくりで、ついついドキドキしてしまうぜ。

 

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逆上がりも跳び箱も二重跳びもクリアしないまま小学校を卒業してしまった正真正銘の運痴には想像もできない世界で頑張っている人々を間近で見て、10ヶ月引きこもっていたわいはすごくスカッとした。自分の頭のなかの小さい世界に留まり続けるのが窮屈に感じました。もっと伸び伸び頑張りたいなと思ったりして。

 

そういう意味でも、本当に来てよかったです、全豪オープン。

 

いつか大坂選手の試合も観戦してみたいものです。今まではそんなん「いや、普通に考えて無理やろww 全豪オープンとか素人が簡単に見れるもんちゃうやろwww」と思っていたけど、今回の経験で素人でも当日券で入場できるって分かったからな!本当に見たいと思ったら、きっと指定券だって取れるはずさ。

 

いつかね。

 

全豪オープンにグランドパス当日券でふらっと行ってきました【中編】

前編はこちら。

 

 

会場内を散策

子供向けのアトラクションエリア : AO Ballpark

真っ青なセキュリティゲートを出たら、そこには子供向けテーマパークみたいな空間が広がっていました。左手にはストラックアウトやフリースロー(のテニス版?)みたいなアトラクションコーナーがあって、右手奥にはプールのようなものも見えた。カルキっぽい匂い〜〜良いですね〜〜(視覚的イメージのせい?)。看板にはスポンサーのEmiratesのロゴがちらほら。

 

わいらは予備知識なしで出かけたので知りませんでしたが、このゾーンはAO Ballparkという子供向けのアトラクションエリア。2020年は、このエリアが前年の4倍くらいの規模で展開されていたらしいです。わいは漠然とテニスの試合=紳士のスポーツとか、そういうPoshなイメージを抱いておりました。敷居が高く見えた全豪オープン。実際は子供連れにもオススメのファミリータイプのイベントでもあったのだ!

 

ausopen.com

 

ここが想像と違った全豪オープン

 

ファミリーも楽しめるイベントだった!サイトを見る限りAO Ballparkには年齢制限があるようなので、そこはご注意を。年齢制限はアトラクションによって違うけど、基本的には1歳〜10歳までみたいです。

 

 

コートを目指す

しかし、大きいお友達こと我らの目的はテニス!試合を見ないで帰るわけには行かないので、足早にコートの方に向かいます。入ってすぐのブースで地図をゲットし、あとは歩き続けるのみ(下の地図。ネット上で見つけられたものが2019年版だけだったんですが、2020年のもまったく同じ見た目だった)。

 

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この日の気温は、暑くもなく寒くもない適温。半袖だと少し肌寒いと感じる奴と、ちょうど最高!と感じる奴が半々という感じの気候。全豪オープンといえば、いつも選手たちが泥のような汗をかいて頑張っているイメージがあったので、今日が試合の人はやりやすそうだと思いながら歩いてました。わいが見ただけでも、会場内に2つくらい壁から霧状の水が出てくるゾーンが2つあった。真夏日には喜ばれそう。

 

歩いてきた道なりはこんな風景。見ていただいてわかる通り、この時点では人通りはまばらです。

 

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歩き続けること10分ほど。開けたところに出てきました。飲食店のブースがあって、芝生の上に、ここでもライブ中継を見れる大きなスクリーンが。けっこう大勢の人が芝生の上で、ご飯を食べたりビールを飲みながら、まったり試合観戦をしています。雰囲気は野外フェスっぽい?その人たちの向こう側には、本物の試合コートが!地図上青丸のところに出てきたようです。

 

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一体、どの試合をみればいいんじゃ!? 

各コートは路面上にあるけれど、観戦するためにはそれぞれ入り口から入って席を取らなきゃいけないようでした。わいらが到着した時はどのコートも試合中で、入り口のところには人がみっちり立っていました。混雑しているけど、ディズニーの待ち時間みたいな感じではない。軽めの満員電車くらいの感じ。入場を希望する人たちは入り口のところに並んで、座席についている観戦者が退席するのを待つ仕組みっぽい。どうやら立ち見はなしなのかな?

 

でも、外からでも背伸びをすると、試合をしている選手がちらっと見えます。チラ見は全然できる。路面コートで、5~10mも離れていないところに選手がいる!!すげぇ!はっきり見える!でけぇ!体の動きがダイナミック!わいは今までの人生でこんなに近くでトップアスリートを見たことないぞ!!

 

とたんにワクワクし始めるわいたち。ただここで問題がーーー

 

一体どの試合を見ればいいんじゃ!? 

 

この路面コートだけでも9つあって、先にはまだまだ他のコートも。特にお目当ての選手がいないわいたちは、若干迷子状態に。

 

 

ただ、このクルーの中にはそう、わいの姉がいたのです!!

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思いつきの行動派!一度決めたらとりあえずそれで動いちゃう!後悔とかマジでねぇ!道とかとりあえず私が歩いた後ろにできるっしょ!?のうちの姉が!

 

f:id:up-phd:20200208210205p:plain母上!妹!あちらのドーム状の会場を見てくだされ!人が並んでおりまする!人が並んでいるということは、あすこになにか素晴らしいものがあるということじゃ!わしらもあすこに並びませう!!(迷いゼロ)

 

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姉が指し示したのはド派手な壁のコート3!そしてわいらは、ここで誰の試合がしているのかもよく理解しないまま、「人がいっぱいいるところには良いものがある」という根拠のみで待機列に並び始めたのであります。

  

入場制限と待機列の仕組み:デキる男、錦戸。

ここで初めて長く並びました。 どれくらいだったかな〜、30分から45分くらいは並んでいたかもしれません。一応列はあって、横3人くらいの幅の列が後ろに続いていく。この時点では(一体、何を待っているんだろう?試合が終わって、席が総取替えになるのを待っているのか?)と思っていたんですが、実際の仕組みはこう。

 

上の写真で、階段のところに立っているスタッフさんがいます。錦戸亮に似ていたので、わいらは錦戸と呼んでいました。錦戸は会場内を常に見張っていて、自分の担当出入り口付近に座っている人が試合途中で退席するのを確認しています。

 

3人退席したのを確認したら、待機列から3人を中に入れてあげるという、単純だけれど公平な仕組み。ただ、中には「トイレ等のために一瞬だけ退席する」人もいます。そういう人は、出るときに錦戸に「僕、また中に戻るから!」と宣言して出て行くので、錦戸はその席を埋めません。最初はこの仕組みがわかっていなくて、「謎の横入りの人たちがどんどん中に入っていってる!不公平じゃないか!」と思っていましたが、そういうことでした。

 

錦戸は良い仕事をしていました。時折待機列の方を振り返って、「あなたたちは何人組?」と確認してくれます。45分くらい待って、ようやく私たちの番が来たときに、「あなたたち3人?1人と2人で席が別れていいなら入れてあげられるけど、どうする?」と言われたので、待ちくたびれたわいらは「ぜひそれで!!」と言ってようやく入場を果たしたのでした。

 

自由席の仕組み

 

観戦者席が満員の場合は、列を作って待つ。今回のコート3の場合は、スタッフさんが出て行った人数をカウントして、待機列から同じ人数を中に入れてくれた。立ち見はなしっぽい。席をキープしたままでトイレやドリンク購入のために一旦退席したい場合は、それを錦戸に告げたら、待たないで中に戻れる。

 

※ 入場・退場・再入場は選手がコートチェンジしている間のみしていいらしいです。

 

 

後編に続く。

 

初めてのハウスミーティング【日記&写真】

コンコン、と誰かが戸を叩く音がした。扇風機とyoutubeの合間を縫って、それでもハッキリを聞こえてきた。

 

「Yep! I'm coming, I'm coming! So wait a sec!」

 

開けられたくない。俺の部屋は汚いのだ。いや、現実には汚部屋とかではないが、ちょっとでもごちゃごちゃしているのを見られたくない。幸い、我が家のハウスメイトは礼節をわきまえている人が多いので、勢いでドアを開けたりはしない。

 

自分でドアを開けると、戸の前に薄着のお皿さんがいた。ペラペラのタンクトップにペラペラのショーツ。

 

「言ってたハウスミーティング、今からしようと思うの」

 

りょ。準備はできていたので、お皿さんについてそのまま部屋を出る。

 

てっきりダイニングテーブルでするのかと思いきや、リビングでするらしい。お皿さんは手に瓶の炭酸飲料を、アレはホットのミルクティ。ミーさんも何かコップを持っている。俺も「何か飲むものをとってくる」と告げて、足早にキッチンでインスタントコーヒーとオバルチンのカフェモカを作り戻った。

 

リビングに戻ると、一人がけのソファにミーさんが。二人がけのソファの片側にお皿さんが。なぜか床の上にアレが座っていた。俺はお皿さんをまたいで、彼女の隣に座った。

 

ハウスミーティング。他人同士が同居するシェアハウスにおいては、よく催されるものだと聞く。家によっては、月に一度の定例ミーティングがあるところもあるらしい。俺とアレとミーさんは2015年からこの家に住んでいて、この前の家でも1年ほど一緒だったけれど、我が家でハウスミーティングが開催されるのはこれが初めてのことだ。

 

誰も話さない。ミーティングだ、そうか、誰か進行役が必要なのか、ということにはたと気づく。アレが口を開いた。

 

「そう、えっと、色々と決めておこうと思うんだ。私とwhatchamaが出て行く日とか、光熱費(bill)の支払いとか、家賃とか敷金とかそういうこと」

 

メモが必要だと思ったので、何も言わずに中座して、コピー用紙とボールペンを掴んで戻る。

 

「あぁ、ありがとう。Minute(議事録)もあるなんて、ようやくプロパーなハウスミーティングになったね」とアレがふざけた。

 

「他に何かあるっけ、えっと、誰かapologies(欠席連絡)は?笑」と私。

 

「ウェンディ(犬)が欠席だわ」とお皿さん。

 

小粋な会議あるあるジョークで、ミーティングはスタートした。

 

話し合い自体は、そこそこ想定内のことばかりだ。まずは私の退去時期と、アレさんの退去時期について。新しい入居者の候補は何人いて、どんな人たちか。私とアレの大物家具は置いていくので問題ないか。もしhard waste(粗大ゴミ)を今呼ぶ気がないなら、私のhard wasteはガラージに置いたままでいいか。光熱費の支払先はいつ変更するか、名義は誰にするか。アレがどの家電を持って行ってしまうか。ボンド(敷金)の支払いは不動産会社を通して行うものではなく、新しく入ってくる入居者が退去者に直接払う仕組みだとか。リース(賃貸借契約)が切れるのが3月だから、私とアレの名義はそれまで残しておいて、更新しないという方法で切るとか。私のお別れパーティをしてくれるそうなので、その日時とか。

 

こんなに長い間成立し続けるシェアハウスも本当に珍しい、アレさんは私と住み始めるまでは、違うシェアハウスを5つも転々としていたらしい、なんていう雑談も挟みつつ。

 

「ミーさんはいつから海外に行くんだっけ?」

 

「今年の5月から9月までの4ヶ月間。その間は部屋をsublet(又貸し)しようと思ってる、お皿がいいならだけどね。それで、その人に『モルモットのお世話をしてくれたら、家賃お下げします』って条件を出す予定。もしそれでもダメならクランベリーは友人に譲るわ」

 

「お金のない学生とかになら、喜ばれるんじゃない?」

 

『えぇ〜〜ミーさん大雑把〜〜いや、実際は色々と葛藤があってライトな説明に止めているだけかもしれないけど〜〜〜』⇦わいの心の声。

 

 

終始なごやかなムードで、つつがなく全ての話し合いが終わる。誰も去らない。にこにこしながら、沈黙のなかそれぞれがドリンクに口をつけて、また顔を上げてにこにこしている。

 

「なんだか、俺らはハウスミーティングに慣れていないから、終わり方もわからないね」

 

と言うと、みんなが笑った。

 

「じゃあこのminuteはタイプしてみなさんにメールで送付いたしますので」とアレが冗談を言い、

 

「そんな面倒なことしなくても、冷蔵庫に張り出しとけばいいんじゃない?」と私が返すと、ミーさんが「賛成」とつぶやいた。

 

「あーそれにしても今日は暑いわね。病み上がりの人間に、この湿度の高さは耐えられないわ」とミーさんが嫌そうにこぼした。

 

日本人の私からすれば全然湿度が高くない今日。でも他のハウスメイトは耐えがたいほど湿度が高い日だと思っていたらしい。初めてのハウスミーティングは、そんな湿度の夏の午後に開催されました。

 

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全豪オープンにグランドパス当日券でふらっと行ってきました【前編】

このブログ読者であるみなさまはご存知と思いますが、私は不安障害を患っております。2020年の1月は、10ヶ月間の逃避の果てにようやく暴露療法を始めたことで、アップダウンがジェットコースター並の月でした。

 

1月19日には生まれて初めてのじさつがんぼうを覚えたり、その翌日20日には10ヶ月ぶりにF市の外側に出ることに成功した私なんですが、

 【参照】生まれて初めて、ほんとうの自殺願望があたまのなかにいる。 - 色々やってみる日記

 【参照】10ヶ月ぶりにシャバに出た。【暴露療法シリーズ③】 - 色々やってみる日記

 

なんですが。

 

 

 

なぜかその二日後には全豪オープンに居てた。

 

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一体私はなぜ全豪オープンに居たのか?電波少年のようにアイマスクとヘッドフォンでいきなり連れ去られたのか?

 

 

違います。

 

 

10ヶ月間、メールが見れず、携帯が触れず、F市より外に外出もできなかった私。このままでは海外でミイラになってしまうのではないかと 危惧した母と姉が、

 

 

待ってな、助けに行ってやんよ。

 

 

と、私のレスキューのためにサムウェアー県(仮)に来たのであります。

 

 

私はてっきり、母と姉は私の不安障害が原因のこう着状態をなんとかするために来てくれたんだと思っていたんですが……

 

 

母と姉の初日の言葉は

 

 

f:id:up-phd:20200128171135p:plainのび太!全豪オープン行こうず!

 

 

おめーのことはちゃんと応援してやっから、とりあえず遊ぼうぜーーー。そんな言葉を受けて、わいたちは初めての全豪オープン(予備知識ゼロ、なんなら私はテニスのルールすら知らない)に出かけて行ったのでした。

 

 

先に言っておくと、

めちゃくちゃ楽しかったです。

 

 

一番の理由は、コートが想像してたよりずっと小さかったから。

 

 

「高校の先輩の試合か?」っていうくらい近くで、トップアスリートの試合を見れたことに感動しました。普段アイドルのコンサートとか行く人からすると、この近さは神すぎると思う。

 

注意

 

お役立ち情報というよりは、ただの日記でお送りします。

 

 

 

全豪オープンに入場するまでの流れ

当日券はふらっと思いつきで買える

私は全然知らなかったんですが、実は全豪オープンというのは「ふらっと市民プールにやってきた」くらいのノリで行ける大会でした。今回初めて知ったんですが、どうやら全豪オープンにはチケットが2種類あるご様子。

 

ひとつはスタジアムチケットと呼ばれる指定席のチケット。『ロッド・レーバーアリーナ』と『マーガレット・コートアリーナ』という2つのメインアリーナは、この指定席チケットがないと入れません。有名選手の試合はだいたいこの2つのどちらかで行われていて、私が行った22日は大坂なおみ選手、ジョコビッチ選手、フェデラー選手の試合がこのメインスタジアムで行われていました。

 

もうひとつはグランドパスと呼ばれる当日入場券で、このチケットがあれば『ロッド・レーバーアリーナ』と『マーガレット・コートアリーナ』以外の場所で行われている全ての試合を観戦することができます。ちなみに全席自由席。

 

Google検索で「全豪オープン」と入れると、その日に行われる試合の時間、カード、コートが全て出てきます。ふむふむ、どうやら『ロッドレーバー』と『マーガレットコート』以外でもいっぱい試合してる!あ、このマリン・チリッチっていう選手わいでも知ってるくらい有名やけど、グランドパスで観戦できるんや!へー!!

 

そんな風にうっすい下準備をしつつ、わいらは特にお目当ての選手等がいないので、のんびり午後2時半くらいに会場を目指しました(おせぇ)。

 

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ポイント

 

全豪オープンのチケットには、指定席のスタジアムチケットと、当日にふらっと買えるグランドパスの2種類があるよ!グランドパスも事前にウェブサイトで購入することも可能だ。

 

会場への行き方

まずはフリンダース駅(Flinders)という有名な駅に向かいます。東京で言うところの山手線の主要駅みたいなターミナル駅。

 

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Photo by Weyne Yew on Unsplash 

 

フリンダーズから下車すると、車道を挟んだ向かい側にフェデレーションスクエア(Federation Square)という広場があります。全豪オープン開催中は、ここが会場に向かう第一ステップみたいな感じになっています。

 

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fedsquare.com

 

毎日試合がライブ中継され、無料で遊べる「テニスポールのUFOキャッチャー」があったり、無料でもらえるGarnierの試供品があったり、無料で飲めるコーヒーがあったり。またここにグッズ売り場とチケット売り場のテントも出ていました。

 

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ここで無料のガニエのヘアパックや顔パックをもらい、

 

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ボールゲットのために、何回でも並び直していいUFOキャッチャーをループして、

 

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無料のコーシーを飲み、

 

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試合のライブ中継を見るだけでも楽しい。
 

 

チケット売り場の前にはスタッフさんが立っていたので、チケットの買い方や会場への行き方を質問することに。

 

 

f:id:up-phd:20200208210205p:plainわいら全豪オープン初めてなんやけど、チケットってここで買ったらええんすか?

 

ここで買えまっせ〜。会場で買うよりFederation Squareの方が混んでないと思いますわ。あ、でもここのチケットはお支払いカードのみですねん。

 

 

ということで、わいのカード(現地の銀行カード)でチケットを購入。私の記憶が正しければ、大人1枚54ドルか56ドルくらいだったはず。レート80円として、4300円くらい。待機列はほとんどありませんでした(映画館のチケット列くらいの混み具合)。

 

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あ、54ドルですね。 

 

f:id:up-phd:20200128171135p:plainほんで、こっから会場ってどう行くんでっか?

f:id:up-phd:20200208220139p:plainあんたらの足元にブルーの人工芝がひいてありますやろ?(多分、テニスコートと同じ素材?)この芝の上をずーっと歩いて行ったら、すぐ会場ですわ!10分くらいかな!

 

ポイント

 

フリンダーズ駅⇨フェデレーションスクエアに行けば、会場のメルボルンパークにたどり着けるよ。無料のイベント等が開催されているよ!

 

 

指示通り、人工芝の道のりを進みます。もう正午をすぎていたからか、人通りはあるんだけれど混雑はしてなかった。

 

10分ほど歩くと(体感時間は5分くらい)、目の前に青い関門所のようなゲートが登場した!これが入り口なのか??写真を撮り忘れたから、わいの下手な絵で許してくれ。

 

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にわかに信じがたいほど青いゲートがあって、その前で軽い手荷物チェックと金属探知機チェックがありました。ここでも待機列はほぼゼロ。駅の改札くらいのスピードで通り抜けられた。

 

 

〜青いトンネルを抜けると、そこは全豪オープンだった〜

 

注意

 

チケット販売所やセキュリティゲートの混雑度合いはおそらく日程に寄ると思いますので、「この日はそうだったのね」程度の参考にしていただけたら幸いです。

 

 

余談:ベンジェリのアイス

完全に余談ですが、わいらはフリンダーズで下車してフェデレーションスクエアに向かう前に、フリンダーズから徒歩5分のベンジェリに行きました💕1年以上ぶりに、念願のアイスサンデーを食べながら会場に向かいました。そんな寄り道もおすすめです。

 

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そして余談の余談だけど、全豪オープンに出かけているあいだも不安の身体症状は出ていました。ふいに早く大きくなる心臓のテンポを抑えるために胸に手を当てて、大丈夫大丈夫とつぶやいて、不安がせり上がってきたらマインドフルネスを行って。そういうコントロールはしながらも、母と姉が連れ出してくれたおかげで、楽しい一日を過ごすことができたのでした。

 

中編へ続く。

up-phd.hatenablog.com

 

他者という想定外は面白くもあり【日記】

 

昨日、自転車を売った。こちらのメルカリのようなサイトで売った。25ドルで売った。

 

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この自転車は6年前、まだ右も左もわからぬひよっこ博士学生だった私を妙に気にかけてくれ、優しくしてくれたウクライナ出身の先輩にタダでもらったものだ。

 

これまで日本製の折りたたみ自転車にしか乗ったことがなかった私(24歳まで自転車に乗れなかったという追加属性もあり)にとって、先輩がくれた自転車は『馬鹿でかいフレーム』『馬鹿重いフレーム』『馬鹿高いシートの位置』となかなか手を焼くものだった。シマノのギアとかごついサスペンションとかがついていたけど、フルポテンシャルの引き出し方は結局分からないままだった。

 

それでも自転車を知らないなりにメンテナンスをし、6年間活用してきた思い出のチャリである。日本以上に自転車の車道通行が徹底されているサムウェアー県で、ヘボな運転だったにもかかわらず、よく並走するトラック等に轢かれずに済んだものだ(細心の注意を払ってのヘボ)。

 

帰国を目前に控え、断捨離をするなかで、この自転車も手放すことにした。先月末に母と姉が来るまでは経済的に困窮していたので、中古品セールの売り上げをかき集めて最後の家賃を払おうとしていた。が、母と姉がお小遣いをくれたので、そこまでの切迫感はなくなった。それでも家に置いておいても邪魔になるだけだろうし、ならば安くで必要としている人の手に渡れば良いと思った。

  

最近ちょっと斎藤一人さんのYoutubeとかを見ていた。これは完全に人の受け売りで私自身がファンというわけではないんだけれど、さすが大成功した商売人というだけあって「お客さんを喜ばせるとみんなwin-winなんだよ」みたいなメッセージには素直に共感できた。せっかく学んだんだから実践に移そうと思って、チャリの広告を出す際、「できるだけ買った人に良い買い物だったと思ってもらえるように」と意識して価格設定や文面を考えた。

 

チャリの値段を設定する。今現在パンクしていること、かなり年季の入った品であること(先輩が6年乗って、私が6年乗った)、でもそもそものチャリの値段は高く、パンクさえ直せばまだ現役であることなどを加味して2500円にした。今時はyoutubeなんかでパンク修理の動画も出ているし、とにかく安くで自転車が欲しい!という人になら喜ばれるんじゃないかと思ったのだ。他にもヘルメット、ライト、チェーンをタダでつけてあげたら喜ばれるんじゃないかと思って、そうした。

 

中古品のやりとりは基本的に直取引だ。金を持って家にきてもらって、相手は商品を引き取って帰る。 かなり安めの金額設定にしたからか、すぐに連絡がきた。「今日の4:00~4:30の間に、自転車を見に来て良いかい?」とのこと、OKと返事をする。

 

4:00になったので、家の前で段差に座ってパソコンをしながら相手が来るのを待った。自転車はすぐ傍に出しておいて、ついでに軽く乾拭きしておいた。すると、5分もしないくらいで初老の男性がこちらに近づいてきた。65歳は超えていそうな総白髪だけどガタイが良い。

 

「Hi!自転車を売り出しているKっていうのは君かい?それにしても、この工事はどうなってるんだ?」

 

「そうです。昨日ぐらいから道路全部掘り返しちゃって、びっくりですよ」

 

特にコロナウイルスのことがあるし、もしかしたらレイシスト系の人がこないとも限らないと心配していたので、内心良さそうな人にホッとする。コミュ症がバレないタイプのコミュ症の俺は、365日外見は平静を装っている。多分、このおじさんにもバレていないはずだ。

 

「自転車はあれかい?」

 

「ええ、自由に見ていってください」

 

おじさんはしゃがみこんで、主にホイールを見ていた。シュルシュルと前輪・後輪のホイールを回す。

 

「この自転車は、どうして手放すことに?」

 

「もうすぐ、この場所から移動するんです。もともとは友達の自転車で。友達はかなり手を入れていたみたいなんだけど、私は自転車あまり詳しくなくて。普通に乗る以外のことは分からないままでした」

 

「僕は、自転車の中古のパーツが欲しくて、たまにこうやって買ったりするんだ。デパートで買うよりもずっと良いパーツが手に入る。いくつかの自転車をバラしたら、すごく良いのが組みあがるからね」

 

この時点で、一瞬びっくりした。自転車を買う人間はそのまま乗るものだと思い込んでいたからだ。だが、このおじさんは私の自転車をパーツとして見ているらしい。

 

「それでもよければ、25ドル。ぜひ買うけど、どうする?」

 

本当は心のどこかにこのまま乗り続けてくれる人に譲りたい気持ちがないでもなかったが、かなり年季が入っている中古品だ。そして俺は本当にもうまもなくこの国を離れる。「いいですよ」と即答していた。

 

ヘルメット、チェーン、ライトはいらないと返されて、おじさんは自転車を持って行った。ものすごく質の良い取引だったと思う。おじさんは常識人だったし、値切られなかったし、私は私で準備がよかったし。引き取られなかったヘルメットのなかに、お金と不要だと言われた付属品を突っ込んだ。

 

 

そうか、なかなか自分の想定しているお客さんなんて来ないんだな、と思った。普段は商売っ気のないことが本業なので、少しだけ商売の世界を覗いたようで愉快な気分になる。他者という想定外は面白くもあり、また同時に少し悲しくもなるような。

 

悲しさ、は自分の売り出したものが「物」としてではなく「パーツ」として売れていくことの、認識の差異みたいなものから来ているんだと思う。あとはまぁ、受け取ってもらえなかった(というか需要がなかった)俺の善意が独りよがりのように思えたから、とか。

 

なにはともあれ。先輩のチャリ太郎は、再び譲渡された。チャリ太郎、6年間俺と一緒にいてくれてありがとうよ。俺を街まで運んでくれてありがとうよ。パーツになるかもしれない(というかなるんだろう)が、それも物の価値、君のusefulnessなのかな。とにかく、さんきゅな。 

 

 

 

不安障害の症状と辛さについて、再び。

土曜日に母とスカイプでゆっくり話していた。過去にも何回か「不安障害なんて思い込み」みたいなことを遠回しに言われていて、今回また「私にだって不安なことくらいあるんだよ」と言われた。少しだけ頑張って「わいの不安障害はこういうものだよ。腰痛と椎間板ヘルニアが別みたいに、不安と不安障害は違うんだよ」を伝えたら、なんとなく「あ、私が思っていたより深刻なのかしら?」と思ってもらえたみたい*1

 

ちょっとここでも自分にとっての「不安障害はこういうもの・こういうものじゃない」を書いてみようかなと思った。

 

不安障害には一般的に強迫性障害(OCD)、パニック障害、社会不安障害、全般性不安障害(GAD)、恐怖症(フォビア)、PTSD等の内的バリエーションがある。このなかでわいが当てはまるのはSpecific phobia、特定の物に恐怖心を感じる『恐怖症』(例えば高所恐怖症、広場恐怖症、閉所恐怖症、アラクノフォビア等)。恐怖症が原因で他にも不安感が広がって、本当にうっすらとだけGADがあるような感じだと思っている。ここに書いてあるのはわい個人の不安障害であって、不安障害の人全員を代弁するものではない。

 

 

 

不安障害「これだ・これじゃない」わいヴァージョン。

不安障害は不安ではない。

小学生くらいから不安感は強い方だった。教育方針がpunitiveな学校に通っていたこともあって、どうすれば大人から怒られずに済むかばかりを考えている子供だった。不安障害の人にはけっこうあるらしいが「逮捕される」という不安が強くあって(人によっては死への不安感、病気への不安感、貧困への不安感等バリエーションが様々だと思います)、品行方正に生きてきたにも関わらず、「逮捕される」という潜在的不安を抱えて365日を生きている。空港の入管審査とか死ぬほど嫌いだ。

 

しかし、上の状態は私にとっては不安「障害」ではなかった。30年ほど生きてきたなかで(初期の軽い症状を含めたなら)わいが不安「障害」に寄って行ったのはここ4年の話。明確に不安障害を名乗れるくらい症状が悪化したのはここ2年だ。不安障害じゃない時期があったので、「不安感と不安障害は違う」という確固たる認識がある。

 

主観的な見解だと、一番の違いは「逃避傾向の強さ」である。小学校のときは毎日怒られないか不安だったけれど、学校に通えていた。なんなら皆勤だった。修士のときは、指導教官がムードにばらつきのある人で、唐突に怒ることがあるから苦手だった。けど、メールチェックは毎日していたし、怖いなと思いつつ即返信ができていた。博士の指導教官候補の人に「こういう研究をしているものですけど、指導していただけますか?」と修論を送ったときも、ゲロ吐きそうに不安だったけど、毎日返信が来ていないかチェックできた。

 

こういうことが、今はどれもできない。学校にも行けないし、指導教官とのコミュニケーションも取れないし、こちらが起こしたアクションへのレスポンスを確認することもできない。心の中にかなり大きなモンスターが住んでいて(こいつが不安障害)、俺の服の裾をぐいぐいぐいぐいぐいぐい引っ張ってくる。俺の心を綺麗にくじくことをお仕事にしている。10ヶ月間外出できなかったときは、住んでいる街の境界線に「結界が張られているようだ」と思った。見えないウォールマリアが確実にあって、本当に結界に弾かれるように、そこから外に出られない。

 

出ようとすると(これが暴露療法と呼ばれる)、私の場合は身体的に不安反応(パニック)が出る。胸の鼓動がドンキーコングになって、血液が凍ったり沸騰したりする。手先が冷たくなって、体が熱くなって、肺がゲンガーでも吸い込んだみたいにもったりと呼吸が苦しくなる。頭にパーンと何かしらの成分が回って、真っ白になる。それがぜーんぶいっぺんに来るから、「あかん、パニックで死んでしまう」と思う。実際にはパニック障害では人は死なないらしいんだけれど、本当に「こんなんに耐えるくらいなら死ぬ」っていうくらい、経験している本人には辛いものがある。ベロベロに酔っ払って前後不覚な状態で、クラブのレーザービームとか爆音とか車のハイビーム浴びてて心臓ばくばくするような感じ?

 

 

不安障害は「逃避のするため」の詐病じゃない。

わいはアドラー心理学があまり好きじゃない。それはアドラーがPTSDを「辛い過去があるから行動できないんじゃなく、行動したくないという欲望を叶えるために辛い過去を理由にして逃避を叶えている」みたいなことを言うから。一冊しか読んでないから、誤読だったらごめんね。その理屈に従えば、不安障害も「逃避するという目的を叶えるために」体が起こしてくれている症状ということになる。

 

もしアドラーの理屈が本当だったとすれば、「逃避したい」という目的と同等か時にはそれ以上の「もう逃避を止めたい」という欲求について説明してほしい。なぜ体はいつも、前者の目標を叶えるための反応だけを返して、後者の目標を叶えるための反応を返さないのか。例えば、今のわいにはもうほとんど逃避をするメリットはない。もういろんな答えは出てしまっているからだ。あとはもう事務仕事が残っているだけ。それでもわいは、未だにいろんなことができなくて悩んでいる。未だに恐怖症に向き合うのがとても辛い。モンスターは服を引っ張るどころか、わいを抱きかかえんばかりで、振り切ってやろうとするとドコドコ身体反応が襲ってくる。

 

不安障害やPTSDを「逃避するための手段」だという仮説を一旦受け入れたとしよう。じゃあ次に「解除の仕方を教えてくれ」。

 

誰でもいいから、とりあえず解除の仕方を教えてくれよ。

 

不安障害は辛い。

何度も言ってきたけど、不安障害はとても辛い。私の場合、その理由は「不安障害以外の部分はけっこう健康だから」だと思う。うつのときみたいにベッドから起き上がれないわけじゃなく、体のどこかが痛いわけじゃない。エネルギーが空っぽというわけでもない(うつを併発していたら、話は別)。身体的なバロメーターで言うと、行動するための条件は様々揃っている状態。それなのに行動ができない。となると、必然的に自分を責めてしまう。そこそこ健康なのに、なぜできないんだ?と。何を同じところで足踏みしているんだ?どうして踏み出さないんだ?全部お前の意志で足踏みしているんだろ?

 

だから言ってるやんけ、解除の仕方を教えてくry。

 

※ 私は睡眠障害、うつ、不安障害を国外で発症したので知らなかったが、パニック障害だと障害年金がもらえないらしい。こういう理由が明白じゃない決定ってとてももやもやする。

 

【参照】パニック障害の何が辛いかを簡単に語る - ニャート

 

 

不安障害は治らないかもしれないが、抱えて生きていくことは可能らしい

不安障害を治すのはとても大変、というのが、わい個人の経験+様々な治療本から受けた印象である。不安障害が「寛解した」というのは、うつに比べても目にしない気がする。いや、すまん、よくわからん。もしかしたらサクっと寛解した人も大勢いらっしゃるのかもしれない。わいが読んだ本はけっこう「不安という身体的な症状自体は消えないかもしれないけど、それが社会活動や生活に多大なる支障を及ぼさないようにすることは可能だよ」っていうアプローチが多かった。

 

俺は不安の症状がとてもとても辛くて苦手なので、できたら「結界を解除していく方向」で治療をしたいんだが、「結界はずっと張られたままで、ぞわっとおえっと死ぬっとしながらも通り抜ける方向」になる可能性もあるんだなと認識している(ひぇ)。

 

パニック障害を告白されたオリックスの小谷野選手も、今でも打席に立つ前は吐いてしまうらしい。それでも選手を続けられているのは「不安を感じつつ、生活はできている」の好例なんだろう。パニックに全く慣れる気配がない自分としては、本当にすごいなと思う。

 

【参照】過去の僕に戻りたいとは思わない。 - ほぼ日刊イトイ新聞

 

※ 水泳のフェスプス選手も長年うつと不安障害に苦しんでいる一人だ。プロ野球選手でも、オリンピックのメダルを20個以上持っていても、不安障害やうつになるときゃなるし、なったら死ぬほど辛いのだ。そこには個人の強さや弱さ、健全さ不健全さ、正しさや間違いは関係ない(SNS等で、「メンヘラ=社会不適合」という強めの意見をたまに目にするけど、誰だってなるときゃなるんやで)。

 

本筋に話を戻す。どうやら、不安障害を抱えつつ生きていく上で重要なのは、

tips
  1. 医者やプロフェッショナルの助けを得ていること
  2. パニック症状が「出ながらも」行動する方法を学んだこと
  3. 不安障害の自分を許して、恥だと思わないで受け入れられたこと
  4. みんながちょっとずつ正直になって、自分の苦しみを話すこと

のようだなと個人的には思う。私だと①は現状難しい(もうすぐ場所を移動してしまうので、医療サポートを受けるベストタイミングじゃない)、②はこの2ヶ月くらいでチャレンジ中、③もな〜、あんまりできてない気がする。

 

うつのときの涙は体の自然な反応というか、抗いがたく流れるものだったけど、不安障害の涙は「素のままの自分が『こんなこともできない』『こんなことが死ぬほど怖い』『弱くて、無責任な自分が恥ずかしい』と思って泣いている」からとても恥ずかしいと思ってしまう。この後に及んでまだ強がりなのだ。

  

でも言い換えれば、不安障害を治療中の自分は「いくらでも泣いていい、恥を晒していい、人に迷惑をかけてもいい」ということになる。それをすることで、最終的には不安障害と共生できる道が開けていくみたいだから。

 

②に関しては、CBTやACT、森田療法を筆頭に方法論がいくつか存在する。暴露療法はメソッドを学ぶことでより安全に、より効果的に実践できる(んだと思う)。けど、どのメソッドを使おうが根底にあるのはシンプルに勇気の問題な気がする。わいはこの勇気を出すのに、丸10ヶ月もかかってしまった。もし③が先に来て、泣き叫んででもハウスメイトや親や医者に助けを呼べていたなら、外的な支援のおかげでもっと早く②に取り組めた可能性はあるなと思う。

 

そして最後の④は、世の中のほぼほぼ全ての人間が、自分の弱いところを隠して生きてるんじゃないかい?ということ*2。案外腹を割ってしゃべってみたら、みんなそれぞれ病気だったり、恋愛だったり、夫婦関係だったり、子供のことだったり、お金のことだったり、問題を抱えて生きている。先に自分の弱さをさらけ出すことで、相手を安心させてあげられるということはおおいにあるような気がしてる。だからそれも含めて、わいはここから先の不安障害治療で、泣いてもいいし、弱さをさらけ出してもいいし、みっともなくてもいいし、あがいでもいいし、上手にできなくてもいいんだと思う。「どうしたん?大丈夫?」って周りに気づかれるくらいあけっぴろげでいいんじゃないか。今までのわいは上手に自分の不安を隠しすぎたのだ。

 

 

*1:ちなみに、母にはいつも心配してもらって、見守ってもらって、支えてもらっているのでdisする気は1ミクロンもない。いつもありがたう。

*2:except for highly insensitive person or something.

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